【 真っ暗な部屋とおやこ 】
◆NtK4MpNikk




96 :NO.22 真っ暗な部屋とおやこ (1/4) ◇NtK4MpNikk:06/11/06 00:16:18 ID:r/JCtT7U
 真っ暗な部屋の中でただ順番を待っている。
 窮屈で静かなそこにはたくさんの仲間たちがいた。全員が裸で一様に上を見上げている。
そうやって時間を過ごしているのにはそれなりの理由があった。
 光だ。
 ごくたまに窓から降り注ぐ光があって、僕たちにはそれは神様が救いの手を差し伸べてく
れているように見えた。地獄に垂れてきた一本の蜘蛛の糸とも言えるかもしれない。
 しかし、蜘蛛の糸と決定的に違うのは、その光はほとんど例外なく僕の仲間を一人、外の
世界に連れ出していくということだ。そして連れ出されたものはほぼ帰ってくることはなかった。
そのせいか、何が待ち受けているか分からないというのに誰もが外の世界に憧れを抱いている。
 稀に外に行って帰ってきたものもいたが、外についての知識を同時に持ってきたものはいな
かった。


97 :NO.22 真っ暗な部屋とおやこ (2/4) ◇NtK4MpNikk:06/11/06 00:17:01 ID:r/JCtT7U
 今日もまた、窓が開かれた。中に光が射し込んでくると同時に僕は一つの事実に気が付いた。
隣にいる奴の肌の色が僕と違ったのだ。僕の白い肌とは違い、何と言うか黄色っぽい。この部屋
の中にはどんな仲間たちがどれだけいるのだろうか。
 僕が好奇心を胸に周囲を見回していると、窓の外から僕と同じような視線が注がれているのが
分かった。いや、同じような、では生温いかもしれない。僕たちを冷静に鑑定するような目で
見ているのだ。こんな目は前も見たことがある。思い出して僕の背中に冷たいものが走った。
 次の瞬間、みんなが唸りを上げて光の下へ群がり始めた。一歩遅れた僕は押されながら徐々
に光へと近づいていく。
 その時だった。光の中に飛び込んでいく誰かが見えた。
 誰か? そうじゃない。あれは僕の兄だ。
 僕は叫ぶ。「行くの?」
「今を逃したら次いつ出れるか分からない」
 彼は窓枠に体を引っ掛けながらそう返した。僕は止めようと思い何か言おうとしたが、津波
のように押し寄せる仲間たちに阻まれて何も言うことが出来なかった。彼は光の外に飛び込ん
でいく。
 二度と彼が戻ってくることはなかった。


98 :NO.22 真っ暗な部屋とおやこ (3/4) ◇NtK4MpNikk:06/11/06 00:18:18 ID:r/JCtT7U
 随分と長い時間が過ぎたように感じる。あれから他の仲間たちはどんどんと出て行って、
身動きすることすら困難だったこの部屋も今では広さを感じられるほどになっていた。
 それでも僕たちは広い空間を有意義に使うことはしなかった。厳しい冬の中固まって暖を取
る浮浪児みたく固まって離れようとしない。もしかしたら離れたくても離れられなかったのか
もしれない。
 兄がいなくなってから少しした頃、僕は兄にとてもよく似ている仲間に出会った。彼は外に
出た経験があるらしく、そのことをいつも誇らしげに話してくれた。
「外に出てもここと変わりはないんだ。檻みたいなものの中に寝転ばされてじっと見つめられ
る。その見つめてきた人は俺にこう言った。ただ一言、『違う』ってな」
 僕はその話を聞かされるたび外に出るのが嫌になった。だってそうじゃないか。必死にもが
いて外に出たら「お前は違う」と言われて追い返される。それならいっそこのまま――



99 :NO.22 真っ暗な部屋とおやこ (4/4完) ◇NtK4MpNikk:06/11/06 00:18:31 ID:r/JCtT7U
 ――窓が開いた。
 僕は思考を遮られて一瞬呆然としたが、すぐに目を見開いて視線を上に向けた。窓が開いて
いる。蜘蛛の糸が垂れている。外の世界には僕が一番近かった。
 行くべきか行かないべきか。迷っているうちに僕の後ろにいる誰かが声も上げずに僕を押し
始めた。咄嗟のことで抵抗することも出来ず、僕の体は隣の彼ごと光へと向かっていった。
 いやだ。出たくない。僕は必死に彼の体を抱き寄せる。
 しかし、二、三度強い衝撃が来たかと思うと僕と彼の体はいとも簡単に剥がされてしまった。
一人ぼっちになった僕の眼前に外の世界が広がる。僕の体はふわりと浮いて、固い台の上に全
身で着地した。
 人が二人、僕を見ていた。
 お願い、僕を帰して。みんながいる所に。
 懇願する僕に少年は冷たい声を投げかける。
「何だ、これかぁ」
 その言葉は声色こそ冷たかったが僕にとってはこれ以上ない言葉だった。内心で狂喜する。
彼は僕に興味を示していない。もしかしたらあの部屋に帰られるかもしれない。
 僕を支える少年は続ける。
「お母さん、これいる?」
 それが絶望的な言葉だと気が付いたのは一瞬後のことだった。
「うん。お母さん、ハッカ飴好きだから」
 僕の体は失意と同時に暖かいものに包まれた。
                                   (了) 



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