2 :NO.1 飴 (1/3) ◇7.VUCUUgOU:06/11/05 05:12:04 ID:V/mcNEZu
妻が手術室に消えてから、俺はフラフラと倒れ込むように椅子に腰をかけて、それから腕時計に目をやった。
「四時か。」
独り呟いて溜め息を付く。
その時、ポケットに何か硬い感触があるのに気がついた。
取り出して見ると見覚えのある包装の飴玉だった。なんだっただろうか。
袋から取り出して、それを口にいれてみると、懐かしくてとろける様な甘さで満たされた。これは、いつかの春の午後の柔らかく暖かい木漏れ日だっただろうか。
いや違う、暖かい木漏れ日なんかではない、ただの飴玉のつらい寒い日の話だ。
親父が死んでから俺の家は、俺とじいちゃんと母さんの三人家族の母子家庭で、親父が死んだ年に、ケーキすら買えないくらいに、お金に困ったクリスマスの夜を経験した事があった。
そのクリスマスは、父親が死んでから半年位の頃だったと思う、まだ小さかった俺は、なんとなく親父が二度と帰って来ないという事をわかっていた。
3 :NO.1 飴 (2/3) ◇7.VUCUUgOU:06/11/05 05:12:25 ID:V/mcNEZu
その頃、いつも母さんは泣きながら酒を飲んでいて何かが出来る状態じゃなかったので、俺の遊び相手だったじいちゃんが家事をこなしていた。
じいちゃんは家事をしている時、よく俺が産まれてすぐに死んでしまった、ばあちゃんの事を話してくれた。その話は大抵退屈で、でも他に遊んでくれるような友達がいなかった俺は、いつも最後まで聞いていた。
酒に酔った母さんは、よく親父の話をした。親父の話をしながら泣いた。
結局俺は、酒に酔った母さんも、家事に付きっきりでつまらない話しかしてくれなくなったじいちゃんも、嫌いだった。
そんな日々が半年位続いたかな。稼ぎ手がいないから貧乏になるのは当たり前で、クリスマスにはケーキを買う金すら無くなっていた。
しかし、当時の俺としてはケーキが食べられないだけでも結構ショックだった。ただでさえ貧乏になってから、甘い物も食べる機会がなくなってたしね。
それで、じいちゃんが今年はクリスマスケーキ買えないかも知れんなあ、なんて呟いたあの日は一日ふて腐れて貧乏を呪ったね。
4 :NO.1 飴 (3/3) ◇7.VUCUUgOU:06/11/05 05:12:48 ID:V/mcNEZu
そういう年のクリスマスに限って雪なんかが降っててさ。本当にクリスマスが大嫌いになった。
それでもクリスマスツリーだけは、しまってあったのをじいちゃんが引っ張り出して来て二人で飾り付けをした。暖房がなくて寒いのに一生懸命やったのを覚えてる。
飾り付けが終わってから、むしょうに虚しくなって、泣きながら寝たフりをしてたら、じいちゃんが俺に何かをくれた。なんだろうと思って見てみたら、これがただの飴玉だったんだわ。
でも、ただの飴玉でも嬉しかった。甘い物なんて暫く食べてなかったしね。
それで早速食べてみたら、その味は甘くてクリーミーで、こんな素晴らしいキャンディーを貰える私は、きっと特別な存在なんだと思いました。
今こうして食べているのもヴェルダース・オリジナル。孫はいないけど子供がもうすぐ産まれる。妻にこの飴玉を渡したら何と言うだろうか。