【 真紅の薬莢 】
◆WGnaka/o0o
※投稿締切時間外により投票選考外です。




63 名前: ◆WGnaka/o0o 投稿日:06/10/24 03:03:47 ID:kLGCVyyO
 今日もまた、優しい太陽を殺して残酷な夜がやってくる。
 いつ明けるか判らない闇の中を、ただひたすらに耐え忍ぶ。
 ベッドもテレビも電灯すらもない狭い部屋の中、膝を抱えて震えながら闇を恐れた。
 天井間近の小さな窓から零れる月明かりが、コンクリートで覆われた部屋を照らし出す。
 その一閃の光筋の海を、塵埃が煌きながら舞い泳いでいた。
 襲ってくる睡魔を振り払うように、どこからか換気扇の回る音が鳴り響く。
 どうしてこんな場所に居るのか――そんな疑問を抱くとさえ馬鹿らしくなってくる。
 苛立って乾いた唇を噛み締めると、痛みと共にじわりと血が溢れ出てきた。
 無意識に喉を潤そうと舌なめずりすると、鉄の味が口内に広がって嫌な不快感を覚える。
 理不尽に湧き起こる怒りを抑えようと、今度は奥歯を噛んで気持ちを落ち着かせようとした。
 ギリギリと歯軋りをさせるたび、憎悪だけが心を支配し始める。
「ころしてやる……殺してやる殺してやるコロシテヤルッ!」
 こんな場所に追いやった奴らを、オレは決して許さない。
 冷たい地面に身を縮めてうずくまりながら、希望の無い明日を迎える。
 せめて夢の中では、幸せな時間が欲しいと願いながら。
 気の狂いそうなこの世界では、神や仏なんて信じることすら忘れてしまいそうだった。
 長い長い夜はまた、明日もやってくる。



64 名前: ◆WGnaka/o0o 投稿日:06/10/24 03:04:12 ID:kLGCVyyO
 いったい何回この刑務所のような部屋で、訪れた夜を迎えただろうか。
 今日は何月何日さえ判らないのに、そんなこと覚えているはずも無い。
 相変わらず一日中外には出してくれず、オレ以外の人間が近くに居るのかも判らない。
 必要最低限な食事と水分は決まった時間に配給されるらしく、最悪餓死には至っていなかった。
 鉄のドアに付けられた長方形の扉から、投げ入れられるように食料などが与えられる。
 本当にここは昔の刑務所かと思うほどの仕打ち。
 脱獄しようにも、天井付近の窓は鉄格子が付けられ、ドアの扉は小さすぎて潜れそうにもない。
「クソっ……どうなってんだよ」
 悪態をつきながら壁にもたれ掛かった。ひんやりと冷たい感触が、背中から伝わってくる。
 そのままの体勢で、暗闇に溶け込んで見えない天井を見上げた。
 夜空のような四角い世界には、星たちの輝きすら全く無い。
 変わらない風景が嫌になって目を閉じ、大きく溜め息を吐き出した。
 もうずっと寝てしまいたい。そんなことを思いながら、ゆっくりと硬い地面へと身を預けた。


「おい起きろ、仕事だ」
 乱暴に肩を揺すられて、心地良い世界に別れを強要された。
 睡眠から覚醒のし切らない頭では、ここが現実だろうかと思えてしまう。
 窓から差し込む月明かりの映し出されるのは、ドアの前に佇む一人の男。
 地面に転がった体勢の上に、そのアロハシャツ姿の大柄な男が跨りオレを拘束する。
 未だ夢見心地の気分では、抵抗すらままならなかった。
 男はオレの両手を無理矢理後ろ手に組ませると、手首に何やら冷たいものを取り付け始める。
 ガチッガチガチという金属が噛み合わさる音と共に、紐で絞められるような鈍痛が手首を襲う。
「よし、そのまま立って部屋を出ろ」

65 名前: ◆WGnaka/o0o 投稿日:06/10/24 03:04:24 ID:kLGCVyyO
 拘束された両腕を力任せに掴まれて、宙に浮きそうなほどの勢いで立たされた。
 言っていることとやっていることに矛盾を感じたが、反抗すると何かされそうなので黙っておく。
「そうだそうだ、変な考えを起こそうとしたら、脳ミソが吹き飛んじまうから気を付けろよ」
 釘を刺す感じで言ったあと、懐から拳銃を見せ付けるように手に取り、先導を務めて歩き出す。
 今まで一度も開かなかった分厚いドアを潜ると、窮屈な廊下が暗闇の向こうまで続いていた。
 男はアロハシャツの胸ポケットから、煙草のパッケージとジッポを取り出して吸い始める。
 その僅かな煙草の灯火が、松明のようにゆらゆらと暗闇を照らし出していた。
 咽返りそうな煙草の匂いを浴びながら、ただひたすらに無言で歩き続ける。
 長い暗闇の先で辿り着いたのは、オレが閉じ込められていたような部屋だった。
 雰囲気は似ているが広さは倍以上ある。
 部屋の角隅に鉄製の机が置いてあり、その向こうには椅子に座る白髪混じりの男。
 黒いスーツに身を包んだその格好は、闇に溶け込みながら存在を隠しているようでもある。
「ようこそ、藍田智彦君」
 下卑た笑いを浮かべ、オレの名を強調するように呼ぶ。
 その憎たらしい顔に噛み付くように、怖気づくことなく睨み付けた。
「今日はお前にやってもらうことがある。これはその概要書だ」
 机の上を滑らせるように投げ渡される一枚の紙と写真。
 僅かに照らされる裸電球の下、その紙に首を伸ばして内容を読み始める。
『−商標ナンバー104の逃走における罰則処理−
識別番号104。本名「藍田真奈美」。年齢14。
我々組織が三ヶ月前に引き取った子供が、施設内から抜け出し逃走。
それに伴う詮索及び、発見次第罰則を与えること』

66 名前: ◆WGnaka/o0o 投稿日:06/10/24 03:04:48 ID:kLGCVyyO
 藍田真奈美。なぜその名前がここに記されているのか、すぐには判らなかった。
 一枚の顔写真もつい最近撮られたもので、その顔を見間違うはずが無い。
「驚いてるようだな。お前の身内が起こした問題は、身内で解決してもらわないと困る」
「オレにどうしろと言うんだ?」
「簡単なことだ。私の指示に従って動いてくれれば、それだけで終わる」
 そう言いながら男は座っていた椅子から腰を浮かせ、オレの目の前に顔を寄せた。
「オトシマエをつけてくれればいいんだよ。お前自身の手でな。なぁに、行けば判るさ」
 口の端を吊り上げて下卑た笑いを作り、酒臭い息をオレに吐き掛ける。
 頭に血が上って何か言ってやろうとしたとき、不意に体が逆方向へ反転させられた。
 後ろ手で固定されたまま、アロハシャツの男に無理矢理部屋を連れ出される。
「ハハッ! 楽しい狩りの時間だ」




67 名前: ◆WGnaka/o0o 投稿日:06/10/24 03:05:13 ID:kLGCVyyO
 外壁に囲まれた路地の行き止まりで、銃声が一発鳴り響いた。
 吐き出された黄金色の薬莢がクルクルと地面に落ち、弾かれて前方へと転がり続ける。
 体を固定されてい男を無理に振り解き、オレは倒れる真奈美の元へと駆け出した。
 握っていたデザートイーグルを投げ出すと、それは作られた血溜りへと飛び込んだ。
「お、おにい、ちゃん……」
「真奈美っ、しっかりしろ真奈美!」
「忘れないで……おとうさんも、おかあさんも……おにいちゃんも、悪くないんだって」
 胸元を抉ったピンク色の穴から、鮮血が行き場を失って流れ出す。
 オレは必死に止血しようと両手で傷を塞ぐが、無情にもその効果は全く無かった。
 真奈美が何か言おうと口を動かすと、吐き出された黒い血の塊がオレの顔に飛び散る。
「はぁっはぁ……ご、ごめんね、勝手なこと……しちゃっ――」
 蒼白になった顔で、真奈美は苦しそうにしながらも微笑んだ。
 そして、そのまま瞳はゆっくり閉じられ、人形のように覇気が無くなった体は動かなくなる。
「あ……っぅ――うわああああああああああああ!」
 横たわる真奈美の体から、止め処無く赤黒い血が地面に染み渡る。
 オレは……初めて人をこの手で殺めてしまった。それも、血の繋がった実の妹を。
 真奈美の体に崩れ落ちれば、止血し始めた血の温もりだけが、オレの両手をいつまでも包んでいた。
「御苦労。良くやった」
 黒いロングコートを羽織った白髪混じり男が、小刻みに震えるオレの肩に手を置きながら労う。
 そしてそのまま真奈美から引き剥がすようにして、オレの体を後ろに投げ付けた。

68 名前: ◆WGnaka/o0o 投稿日:06/10/24 03:05:29 ID:kLGCVyyO
「死体処置を急げ」
「了解」
 トランクボックスを持った三人の連れ添いが、颯爽と寝そべるオレの横を通り過ぎた。
 その男たちは真奈美の周りを囲むと、なにやら作業をし始める。
 涙で霞む視界では良く判らなかったが、乱暴に扱われる真奈美の姿に奥歯を噛み締めた。
「さあ帰るぞ、君のホームへ。心配するな、言うことを聞けば死ぬことは無い」
 言われるがままにしか出来ない己の弱さ。抗うことの出来ない己の脆さ。
 自己嫌悪の渦に巻かれながら、悔しさと憎しみで胸が痛む。
 近場に転がっていた空薬莢を手繰り寄せ、真奈美の血に塗れたそれを握り締めた。
 この冷たい小さな感触を、オレは決して忘れないだろう。
「行くぞ」
 腕を引っ張られながら、無気力に闇夜の裏路地を歩き出す。
 悲しみと後悔を今は置いて行こう。道連れはこの血に染まった空薬莢と、心に刻み込んだ懺悔だけ。
「ごめん、真奈美……ごめん……」
 搾り出して呟く言葉は、降り始めた雨に掻き消された。




69 名前: ◆WGnaka/o0o 投稿日:06/10/24 03:05:49 ID:kLGCVyyO
 耐え凌ぐ時間は長かった。永遠とも思える月日の中で、オレはただひたすらに我慢した。
 従順な飼い犬を演技し続け、偽りの忠誠を誓い信頼を得る。
 そして、機械のように淡々と稼業をこなしながら、訪れるだろう復讐のチャンスを待った。
 おかげでこの組織については大部分のことが判り、夜の都会を生き抜く術も覚えたつもりだ。
 オレがこの組織でやらされた仕事は、同業者との取り引きの見届人。
 さらには対抗組織との抗争参戦に、殺人要請依頼の実行など。
 こんなものは漫画かゲームの中でしか在りえない世界だと思っていた。
 しかし、如何なるものでも表裏が在るよう、確かにそれは在った。
 何度も不条理な刃で肉を裂かれ血を流し、返り血を浴びながら断末魔を聞いただろう。
 望んだ者も望まない者も、薙ぎ払い薙ぎ払らわれる理不尽な社会。
 何度も取り引きされる幼い少女たちをただ見届け、唇を噛み締めながら無垢な涙を見ただろう。
 頭のイカれた連中が商品として売買し玩具として扱う。もはやそこには自由など無かった。

 およそ一年もの間、オレは過ちを犯し続けていた。
 今更まっとうに生きようなんて、そんな偽善的な綺麗事は言わない。
 一年前に犯した罪がくれたものは、目的地も明記されていない片道切符。
 もう白紙に出来ないのならば、そこに自ら目的地を書き記せばいい。
 そのために、今までこんなふざけた世界で生きてきたのだ。
 今日はその途中下車の旅。あとは新幹線にでも乗り換えて終着駅を目指すだけ。
 例えそれが地獄だろうと、オレには失うものも得るものも無い。もう何も無いのだから。
「……待ってろよ」
 いつもアロハシャツ姿の大男が持っていた煙草に火を点け、暗がりの中をゆっくりと歩き出す。
 首から提げたネックレスには、赤黒く変色した冷たい空薬莢。
 それは歩くたびに煙草の火を反射させては色めき輝く。
 持っていたデザートイーグルのグリップを強く握り締め、高鳴る心臓の鼓動に酔い痴れた。
 これは組織の一員として受け入れられたときに渡されたもの。
 真奈美の生涯を奪ったこの拳銃で、オレは反旗を翻すために暗躍する。
 施設内の警護たちには、予め食事に仕込んだ毒薬でおやすみしてもらった。
 もう返せないところにまで来てしまったと思うと、不思議と笑みが浮かんだ。


70 名前: ◆WGnaka/o0o 投稿日:06/10/24 03:06:00 ID:kLGCVyyO
 ドアを乱暴に蹴り開け、裸電球の下で椅子に座る白髪混じりの男へと素早く銃口を向ける。
 その組織のリーダーは慌てることなく、椅子を傾けてオレの方へ向かい直った。
「やっと来たか。それにしても裏切りとは……穏やかではないな」
「裏切り? 笑わせるな。オレは元々あんたらの仲間になった覚えは無い」
「恩を仇で返そうというのかね?」
「ふざけるな!」
 叫ぶと同時に男の肩へ銃弾を一発お見舞いしてやる。
 轟音のあとに火花が咲き、広がる闇を一瞬だけ照らし出した。
「フ、フフ……」
 血の噴き出す肩口を抑えながら、男は静かに気味の悪い声で笑った。
 まるで楽しそうな笑い声に戸惑いを覚えたが、募った憎悪は容易く消えることは無い。
 オレは標準をそのままにして男に問い掛ける。
「最後に聞かせてほしい。なぜオレはここに連れて来られたのかを」
「……フッ、簡単な話だ。お前の父親は私たちの組織に多額な金を借りていた」
 借金? いわゆるヤミ金というやつだろうか。そんな話は初耳だった。
「返せない借金は利子利息だけで膨れ上がり、どうにも出来ない状況までなっていた。
そこで私はある解決策を提案したのだ。お前たち兄妹の身柄と、両親の命と換わりに――」
「やめろ……それ以上言ったら、殺すぞ」
 これは決してただの脅しではない。現に目の前の男を殺そうとここまで来たのだ。
 本来なら最初の一発で息の根を止めているところだった。
「やれるものならやってみるが良い。死ぬまでこの世界から抜け出せなくなるぞ」
 この闇から抜け出せないことなんか気にならない。
「それに、お前が早死にしたら妹さんもこれでは報われまい」

71 名前: ◆WGnaka/o0o 投稿日:06/10/24 03:06:20 ID:kLGCVyyO
「――うるさいっ」
「死にたくなかったら殺せ。ここではそれだけだ。さぁ、早く私をそれで撃ったらどうだ」
「黙れ……黙れっ黙れ黙れだまれだまれダマレ!」
 マガジンに装填してあった、ありったけの弾丸を感情の赴くまま男に浴びせた。
 空撃ちになってもしばらくトリガーを引き続け、冷静になった頃に闇の沈黙が降りる。
「この、く、腐れた世界で……お前はぁっ、生きて……く、くるしめ」
 椅子の背もたれに力無く寄りかかった男の頭上で、裸電球が揺らめいていた。
「いつだって苦しんでるんだ。あんたのせいで……」

 その後駆け付けた別組織の奴らと応戦し、片っ端から銃殺した頃にはオレも満身創痍だった。
 昔のオレと同じように捕らえられていた子供たちを逃がし、目的はほぼ達成したと言っても良い。
 そして、倉庫に保管されていた弾薬と金庫の金を奪い、用の無くなったこの施設をあとにする。
 傷付いた体を休める時間が今は必要だと思い、街を一旦離れて身を隠し続けた。




 あれから三年の月日が流れ、オレは相変わらず夜の街を好んで歩き続けていた。
 すっかり身に染みた闇の世界は、あの組織のリーダーが言っていた通り、抜け出せそうにも無い。
 この世界で生き抜くための術を教えてくれたことだけは、過去の賜物に感謝しよう。
 オレは今日もこの裏社会の腐った棘道を疾駆し、腐敗した輩を浄化する聖職者になる。
 これが偽善だと言われればそれまでだろう。血生臭い聖職者なんて、聞いたことも見たことも無い。
 けれど、これが正しいことだと思い込むようにしている。
 そうしなければ、どこかでオレは後悔するだろう。未だ残るのは、懺悔の心だけなのだから。



72 名前: ◆WGnaka/o0o 投稿日:06/10/24 03:06:44 ID:kLGCVyyO
「お、お前は……crimson cartridge!」
「死神に命乞いは済ませたか? 神様が許しても、オレはてめぇらのような蛆虫は許さねぇけどな」
 縮こまって怯える醜い豚の面先へと、得物を構え直して標準を合わせる。
「待ってくれ! お願いだからっ――」
 トリガーに掛けた指を引き絞ると、マズルフラッシュと共に轟音が響き渡った。
 .50AE弾の弾頭が射出された重い反動で、僅かに構えていた腕が浮き上がる。
 高速回転を加えられた鉛の弾頭は、眉間を喰い破り頭蓋骨を粉砕しながら脳を抉り取っていく。
 銃口から硝煙が昇る前に、続けて二撃目三撃目と標的に撃ち込んだ。
 紅い銃身のハンドキャノンから次々と排出される三つの薬莢は、血の海に転がり波紋を静かに作った。
「さてと、残るは“商品”の解放か」
 獲物をズボンの中へ脇差し、辺りを窺うようにして元来た道を引き返そうとした。
 一仕事終えて緊張が緩んだのか、オレは傍にあった気配に気付くのが遅れてしまう。
「――ご、ごめんなさいっ」
 油断していたところで脇腹に衝撃を受け、唐突の違和感に顔を歪ませた。
 首だけ回して下方向を見やると、オレを見上げる幼い少女の泣き顔。
 着ている白いワンピースは所々に紅い斑点を作り、綺麗なコントラストを描いていた。
 震える小さな体は勇気を出し切ったのか、その場で力無くへたり込んだ。
「これが望んだ道なら、迷わず歩けば良い。自分を信じて……笑えば良い」
 そう言ってからオレは、脂汗を額に滲ませながら笑いかけてやる。
 少女の涙と一緒にその手から、一本のサバイバルナイフが落ちて弾けた。

  【 第30回週末品評会お題「薬」/ 真紅の薬莢 】


73 名前: ◆WGnaka/o0o 投稿日:06/10/24 03:06:57 ID:kLGCVyyO
 生まれた憎悪はやがて狂気になり、感じた恐怖は次第に快楽になっていく。
 募った後悔は嫌悪へと姿を変え、心を乱しては理性を失わせる。
 一度狂い始めた歯車は元に戻らず、逃げ出すことすらままならない。
 ならば、壊れたまま前に進もう。オレはこの闇の中、独り闘い続けるしかないと言うのならば。
 血と硝煙の匂いを体に染み込ませながら、空薬莢と死体にまみれた道を歩き出す。
 星空に浮かぶ月光と火薬の爆発する閃光は、オレを狂戦士として誘う最高のクスリ。
 人はオレのことを『crimson cartridge』と呼び、今ではお尋ね者の賞金首扱いだった。
 裏稼業の連中が命を狙い、時折眠りを覚まそうと襲ってくる。
 この闇世界に溶け込まれぬ前に抗い続けよう。死ぬまでずっと、乾き切ったオレの命が保つ限り。

 明日もまた、優しい太陽を殺して残酷な夜がやってくる。
 終わることの無い、深い深い漆黒の中を……オレは生きていく。
 血錆に染まった薬莢を提げるネックレスと、返り血で銃身が紅くなったデザートイーグルと共に。



74 名前: ◆WGnaka/o0o 投稿日:06/10/24 03:07:10 ID:kLGCVyyO
「さすがに……疲れたな」
 脇腹から絶え間無く流れる鮮血が、地面に斑点模様を幾重にも作る。
 震える膝は力を無くして折れ、狭い路地の片隅にあったゴミ袋の山へと倒れ込んでしまう。
 荒くなった息を整えるように溜め息を吐き、霞み始めた視界で夜空を見上げた。
 あの部屋で見続けた黒い空とは違って、綺麗な星たちが幾つも輝いている。
 夜空から注ぐ月光の柔らかい明りは、血だらけになったオレの体を照らし出す。
 もうオレには時間が無かった。血の流れる脇腹の傷は、誰が見ても致命傷だろう。
 着ていたコートは裾まで赤黒く染まり、どれほどの流血を吸ったのかさえ判らない。
 遅かれ早かれ行き着く先はもう決まっている。呼吸をするのも億劫になってきた。
 デザートイーグルの銃口をこめかみに押し付け、小刻みに震える紫色の唇を噛み締める。
 首から提げた真紅の薬莢を手に取って胸に抱くと、溢れる涙を吹き付ける秋風がさらっていく。
 あの日に犯してしまった罪の償いになるだろうか。これで許してくれるだろうか。
 最期に見せた真奈美の笑顔と言葉が、脳裏を何度も何度も駆け巡った。
「空の向こうでまた、家族一緒に平穏な日々を迎えられたら、良いのになぁ……」
 せめて、ここではないどこかでは幸せな追憶を。

 ――バヅゥンッ。

 鼓膜を破るような炸裂音のあとに、薬莢が地面で跳ね返る金属音が闇夜の彼方へ響く。
 それが、最後に奏でた鎮魂歌。


  了



BACK−媚薬 ◆D8MoDpzBRE  |  INDEXへ