【 二つの世界の 】
◆KARRBU6hjo




68 名前:No.17 二つの世界の (1/5) ◇KARRBU6hjo 投稿日:06/10/08 21:24:51 ID:ErZeUIuu
 最近、何だか知らないがやたらと流れ星を見るようになった。
 夜、気が付くと光の筋が空を横切っている。それも、妙に大きいのが毎日二、三回。
 そして厄介な事に、どうもその流れ星は、俺にしか見えていないらしい。
 別に特別な流星群が飛来して来ている訳でもなし。
 友人たちに聞いてみても、流れ星なんてのはとんとご無沙汰だと口を揃えて言う。
 ただの偶然か、はたまた俺の幻覚か。それとも得体の知れない超常的な何かなのか。
 俺はその答えを求めて、その日深夜まで自宅のベランダから寒空を見上げ、流れ星たちの観察を続けていた。
 ずっと見ていると、流れ星の数は相当に多い事に気が付く。
 ひゅんひゅんと空を飛びまわる流れ星の中には、位置が近いのか、かなり強い光を発する物もあった。
 ふと、その中で、さらに一際強い光を感じた。
 眩しいくらいの光は時が経つにつれてどんどん強くなり、そのまま大きく、って、ちょっと待って、まさか、
「そこの人、伏せてください!」
 何か妙な声が聞こえたような気がしたが、それに反応する暇もない。
 ずどーんとか言う衝撃波を辺りに撒き散らし、俺の家の目の前で、ソレはコンクリートの道路に突き刺さった。
「……着地完了」
 混乱したまま尻餅を付いていた俺の耳に、再びそんな声が聞こえてくる。
 慌てて飛び起きてベランダから様子を見ると、光は既に消えていて、代わりに何やら人型の物体がそこに居た。
「えー、テステス、あー、はい。こちらH・T、目的座標到達しました」
 通信だろうか、人型物体は一人で虚空に向かって喋っている。
 と、ソレは行き成りこちらを振り向いた。
「そこの人、危ないじゃないですか! 行動区域は制限されてる筈ですよ!?」
 ソレはこちらを指差して、がみがみと怒鳴りつける。が、微妙に迫力がない。
 聞こえてくるのは普通に日本語だ。小柄で、長い黒髪を背中で纏めているようだった。
 全身タイツみたいなのを予想していたが、ソレが着ている物はカジュアルな今時の服装。
 ……ええと、何だ。未だに頭は混乱しているが、言える事が一つだけ。
 女の子だった。
 ついでに、結構美人だった。


69 名前:No.17 二つの世界の (2/5) ◇KARRBU6hjo 投稿日:06/10/08 21:25:04 ID:ErZeUIuu
「先程は本当に申し訳ありませんでした」
 ぺこりと小さな頭を下げられる。
「まさか降りたその場に、こちらに干渉出来る方がいらっしゃるとは。生涯最大の失態です」
「いや、何もそこまで……」
 何か今にも血が出そうな勢いで唇を噛み締めている彼女を前に、俺はどうすればいいものかと途方に暮れた。
「いえ。私たち先発隊の任務は相違点接触による混乱の解消です。それを失念し、あまつさえ暴言を吐くなんて……」
「あー、ええと、さ。話が全然見えないんだけど」
 俺の言葉に、彼女は弾かれたように顔を上げた。
「そ、そうですね。貴方の疑問を解消する方が先でした」
 すいません、と彼女はまた頭を下げてから、ぽつぽつと語り始める。
「私たちは――そうですね、あなたがたから見れば、異世界人という事になると思います」
「異世界人?」
「はい。ファンタジーというよりはSF寄りの。俗に言うパラレルワールドって奴ですね」
 何でも、彼女たちの世界は今、滅亡の危機に瀕しているらしい。
 彼女たちの世界はかなり特殊な技術を持っており、空間やら何やらを好きに弄る事が出来るのだそうだが、それを無計画に使いすぎた。
 その結果、世界そのものが消滅してしまう可能性が出てきたのだそうだ。
 彼女は更に事の詳細を教えてくれようとしたのだが、
「過剰な世界干渉による事象の混乱とパラドックスポリューションが取り返しのつかないまでに進行し、境界断層による次元分解が始まって――」
 などと訳の分からない専門用語が乱舞して頭が痛くなったので、早々に切り上げてもらった。
「要するに、向こうの世界の収拾が付くまで、こっちの世界に避難しに来たって事か」
「はい。といっても、世界の裏側を少々拝借させて頂くだけですので。こちらの世界に干渉するつもりは一切ありません」
 ここにも色々と小難しい理由があるらしいが、彼女たちの行動は、基本的にこの世界の住人には認識されないのだそうだ。
 あの爆音と衝撃にも関わらず、野次馬が集まるどころか、周りの家にも電気一つ点いていないのがその証拠だ。
 それでは彼女たちはこの世界ではやりたい放題が出来るのかというと、そうでもないらしい。
 彼女たちも同じように、この世界の住人を認識する事は出来ないというのだ。
 だが、稀に、そんな異世界人と交流出来る人間が居るという。今の場合は俺の事である。
「恐らく、私たちの世界には貴方は居ないんでしょう。故に存在の複重による矛盾は発生しないから、私たちを排斥する理由が無い」
 とは彼女の弁だが、正直何を言っているかさっぱりだった。
「私の説明はこれくらいですね」
 ふう、と彼女が溜息を漏らす。気付けば、結構長い間彼女と喋っていた。空はもう既に白み始めている。


70 名前:No.17 二つの世界の (3/5) ◇KARRBU6hjo 投稿日:06/10/08 21:25:23 ID:ErZeUIuu
「えっと、そろそろ私はおいとまします。流石にこれ以上話していると、今日の生活に支障が出るでしょうから」
「ん、そうだよな。悪いね、何か引き止めちゃったみたいで」
「いえ! そもそも私たちが勝手にこちらに来てるだけなんですし。謝るのはこちらの方です」
 そう言って、彼女はまたぺこぺこと頭を下げ始めた。何気に腰が低いぞ異世界人。
「あー、もういいって。あんまり謝られてもちょっと困るよ」
「え、あ、そうですね。ごめんなさい」
「だーかーらー」
 と俺が言うと、自分の言動に気が付いた彼女は、照れ笑いを浮かべて顔を上げた。
「あの……名前、教えてくれませんか?」
 彼女の言葉で、俺は初めて気が付いた。二人とも、まだ互いの名前も知らなかったのだ。
「私は藤原知里っていいます。あなたは?」
「俺は瀬川裕介――って、藤原?」
「はい?」
 藤原知里が首を傾げる。いや、待て、どこかで聞いた事あるぞその名前。何だ。どこだったっけ……?

 俺のその疑問は、その日の学校ですぐに氷解する事になった。
 藤原知里。隣のクラスの、ごく普通の目立たない系の女の子。
 前髪が長い上にいつも俯いているから、俺は彼女の顔をマトモに見た事は一度も無かった。
 それでも、彼女が同級生だったと見破れなかったのは正直言って情けない。俺はこんなに記憶力が悪かったのか。
 っていうか、待て。どういう事だ?深夜落ちてきたばかりの異世界人が、どうして俺の同級生をやってるんだ? ……別人?
 考えても分からないので、昼休みに隣のクラスに行って彼女に突撃してみた。
「なぁ、パラドックスポリューションって知ってる?」
「は、はい?」
 思いっきり怯えた目で見られた。別人確定。
 何か真っ赤になって予想以上に動揺している彼女を尻目に、俺は、
「いや、何でもないよ。忘れてくれ」
 と言ってさっさと帰って来てしまった。多分、というか絶対に変な奴だと思われたに違いない。


71 名前:No.17 二つの世界の (4/5) ◇KARRBU6hjo 投稿日:06/10/08 21:25:39 ID:ErZeUIuu
 その行動を思い出し、何やってんだ俺と恥かしさと後悔のあまり部屋の壁に頭を打ち付けていたその日の夜。
 何故か再び異世界の方の藤原知里が訪ねてきた。
「あはは。この街中でずっと一人で居るのって、考えてた以上に精神的にキツくて……」
 そういえばそうだった。彼女にはこの世界の住人は見えないのだ。
 生活感が有るのに完全に無人の廃墟なんてのは、確かに相当に不気味な物なのだろう。
 丁度良かったので、同級生の方のの藤原知里の事を聞いてみた。
「はぁ。それは多分、私の同位体だと思います」
「同位体?」
「はい。この世界の『私』ですね。っていうか、やっぱり昨日の説明理解してないじゃないですか」
 上目遣いでむくれられた。
 つまり、向こうの世界にもこちらと同じ人間が居るらしい。
 そこら辺の理屈で住人の認識云々の問題が発生しているらしいが、やっぱりよく分からなかった。
 すいません。俺、馬鹿なんです。
「あの……それで、こちらの私って、どういう人間なんでしょうか?」
 と、不安げに彼女が聞いて来た。まぁ、そりゃ気になるよな。
「うーん、君より大人しめなのかな。あんまり喋った事がある訳じゃないから、イメージだけど」
「そう、ですか」
 ずーん、と彼女は沈み込む。やば、もしかして失言だった?
「いえ。そういうんじゃないんですよ。ただ、こっちの世界ならもしかしたら、って希望を打ち砕かれただけです」
 やっぱり失言だったらしい。その日は結局、何とか彼女をフォローしようとするも、また逆に謝られて終わってしまった。

 そんな事があったものの、彼女は毎日、夜になると訪ねて来るようになった。
 迷惑じゃないかと謝られながら聞かれたが、長く女っ気の無い俺としては寧ろ万々歳である。
 日中は彼女も色々と歩き回らなければならないらしく、廃墟探索の恐怖と寂しさ従えて俺の所にやってくる。
 俺みたいな『見える人間』を探し出し、状況を説明して混乱を防ぐのが今の彼女の仕事なのだそうだそうだが、中々不憫な役回りだ。
 俺は密かに彼女を部屋に上げて、寝る間も惜しんで彼女との密かな逢瀬を楽しんだ。
 あと、それともう一つ。学校の藤原知里から、最近やたらと視線を感じるようになった。
 頼む藤原。後生だから、俺のあの行動は忘れてといてくれ。


72 名前:No.17 二つの世界の (5/5完) ◇KARRBU6hjo 投稿日:06/10/08 21:25:50 ID:ErZeUIuu
 そんな日々がしばらく続いた。
 彼女の仕事にひと段落が付き、流れ星の数はピークを過ぎた。
 学校の藤原知里の視線は止まず、思い切って異世界の藤原に相談してみると、
「元々同一の人間ですからね。もしかすると、感情が同調しているのかもしれません」
 などという答えが返ってきた。どうやらそういうものらしい。
 そして、今度は地上から空へ向かう流れ星が姿を見せ始める。ああ、そろそろ終わるのかと、俺は何となしに考えていた。

 深夜。彼女が落ちた、家の前の道路の真ん中。
「なぁ、そういえば、藤原って具体的に何処から来たんだ?」
「空と宇宙の境界線ですね。現在、そこに切れ目が入れられているんです」
 彼女は星空の彼方を指差す。俺には、何も見えなかった。
「――本当に、ありがとうございました。出来れば、こっちの世界の私と、よろしくしてやってください」
 泣き笑いを浮かべて、最後に彼女は、俺の額にキスをした。
 ふわりと彼女の身体が浮き上がる。そしてそのまま彼女は、自由落下の速度で空へと舞い上がった。
 一つの眩い流れ星が、高く高い夜空に向かって落ちていく。

 その次の日、学校の藤原知里に「ずっとずっと好きでした」と告白された。
 流石の俺でも心情的にその場でOKする訳にも行かず、取り合えずは友達から、という事になったのだが、一つ気になる事が出来た。
 文芸部所属だった彼女が持っていた創作ノートの中に、聞き覚えのある単語が羅列していたのだ。
 パラレルワールドや同位体、事象の混乱、パラドックスポリューション。
「あの時、凄くビックリしたんですよ。何で瀬川君がそれ知ってるの!? って」
 文芸少女藤原知里は、それらは完全に自分の創作だと俺に告げた。
 パラレルワールド、「感情が同調している」、「ずっとずっと好きでした」。
 さて、コレは一体どういう事なのだろう? 好きって、一体いつからの話なんだ?
 何となく一つ予想が出来たが、多分異世界云々よりも馬鹿らしい話なので、それ以上考えるのは止めておいた。
 俺は馬鹿なのだ。難しい事は分からない。
 取り合えず今、俺の隣で、藤原知里は微笑んでいる。

 終。



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