【 侵略の手段 】
◆dx10HbTEQg




233 名前:侵略の手段1/4 ◆dx10HbTEQg 投稿日:2006/09/23(土) 12:45:16.32 ID:e6a2bY6u0
 宇宙人が降ってきた。
 ある日突然、それは大気圏を突き抜けて地上へと墜落した。
 テレビや新聞を始めとして、様々なメディアがこの一大事を報道した。地球外生命体の存在が確認さ
れた事は、人類の大いなる進歩に違いなかったからだ。その反面、宇宙人が地球上に何らかの有害な影
響を及ぼす事も危惧された。直ちに最高峰の技術を駆使した、外部からの干渉を完全に遮断した研究所
の設立。また、各分野の研究者の招聘など、世界は一致団結して起こりうる全ての脅威に備えた。
「これが世間で騒がれている、例の宇宙人か。いやはや、なんと不可思議な……」
 生物学者として、今まで奇妙な生き物に沢山携わってきたエフ氏でさえ、その宇宙人を見て驚きを隠
すことは出来なかった。人類と似た形状をしているものの、肌は青く、弾力がある。全長は一メートル
程度で、全体的に丸みを帯びた輪郭を持っていた。異様に大きな瞳は閉じられたまま、開く様子を見せ
ない。死んではいないようなので、眠っているものと思われた。
「エフ氏には観察記録をつけて頂こうと思っております。常にこの宇宙人と共にいることとなりますの
で、危険があるかもしれない役目ですが……」
「面白そうだ。好奇心を満たすためなら、危険など省みるものか。喜んで引き受けさせて貰おう」

234 名前:侵略の手段2/4 ◆dx10HbTEQg 投稿日:2006/09/23(土) 12:46:37.85 ID:e6a2bY6u0
 厳重な警戒態勢の中、宇宙人は昏々と眠り続けていた。何の変化もない一ヶ月という時間は、世間を
飽きさせるのに十分だった。しかし、エフ氏には与えられた仕事がある。一般人と同じように、関心を移
すわけにはいかない。彼以外の研究者はやるべき事を終えてしまい、後は宇宙人が覚醒した時に備え
るだけ。エフ氏は一人、見飽きたその生物をひたすら眺めていた。
「本当はこいつ、死んでいるんじゃないのか? 毎日が暇で仕方ない」
 何しろ地球とは全く違う環境で発生したと思われる生物だ。今の状態を睡眠と呼ぶのが適切なのかさ
え、分かっていはいない。地球上の生命体ならば、一ヶ月もの間、何の栄養も取らずに生きていけるわ
けがないのだ。変温動物ではなかったため、冬眠とも判断できかねた。様々な推論は打ち出されるもの
の、しっくりとくるようなものは未だなかった。
「そもそもこいつはなぜ地球に来たのだろうな。親交を結びに来たのか、侵略に来たのか……。それと
も、宇宙で遭難でもしたのだろうか。目覚めてくれないことには、なんとも言えないのがもどかしい。
早く、何か起きてくれないものかなあ」
 体温を測り、状態を観察する。異常なしと、いつものように記録すれば一日の仕事は終わりだ。子供
でも出来るだろう、簡単すぎる作業にうんざりする。実はもう辞めてしまいたかったが、もしもその後
に進展があったらと思うと癪に障る。こうなったら最後まで付き合うしかないと、エフ氏は腹をくくっ
ていた。
「毎日こいつを観察していると、私まで眠くなってしまうようだ。ふう……今日は何もせず、寝るとし
ようかな」
 ふらりと、眩暈がした。自分で思っている以上に、疲れているらしい。何もしていないようにも見え
るが、ただ座っているだけというのは大変なものなのだ。早く寝なければ、明日の仕事にも差し支える
だろう。退屈極まりない仕事ではあるが……。
 そうして、エフ氏の意識は途切れた。

235 名前:侵略の手段3/4 ◆dx10HbTEQg 投稿日:2006/09/23(土) 12:47:22.30 ID:e6a2bY6u0
 エフ氏が、目を覚まさなくなった。
 最初は、疲れがたまっていた所為だろうと思われた。しかし三日も眠り続けたとなると、異常だと判
断せざるを得ない。その上、エフ氏は例の宇宙人に一番接していたのだ。どうしても宇宙人の眠りと関
連付けてしまいたくなる。だが、精密な検査を行う時間の余裕はなかった。次々と、他の研究者たちま
でもが睡魔に襲われはじめたのだ。
 宇宙人の眠りが人類に感染しはじめたようだった。いや、人類だけではない。地球上の生物全てが、
眠りに落ちていった。研究施設を中心として眠りは広がり、宇宙人が落ちた大陸に留まらず、海を超え
て全世界に渡った。
 人類は、どうすることもできなかった。立ち向かう術はおろか、逃げ場さえもなかった。
 元凶の宇宙人を殺せばいいと思いついた人はいた。しかし、実行に移そうとした者はいなかった。眠
りの中心地帯に行くのは怖かったし、誰もが自分の安全しか考えていなかった。それに、もしも勇敢な
人がいたとしても不可能だっただろう。人類を守るためのセキュリティーに阻まれ、研究所に侵入する
など不可能なのだから……。



 五年後には、地球上で起きている生物はいなくなっていた。眠ったままでは、何も食べられないし、
自然災害から身を守る手段もない。
 緩やかに、全ては沈黙し、風化していった。

236 名前:侵略の手段 ◆dx10HbTEQg 投稿日:2006/09/23(土) 12:47:56.99 ID:e6a2bY6u0
 生き物の気配が完全に消え、荒廃した大地に、小さくて肌の青い生物が降り立った。地球の文明に目
をつけ、乗っ取ろうと画策していたプーリス星人だ。
 先に地球へと侵入していた仲間に、特別な薬を与え、覚醒させる。妙に頑丈な場所に閉じ込められて
いたが、彼らは簡単に侵入した。壁をすり抜ければいいだけなのだ。
「ごくろうだったな。これでこの星は我々のものだ。生物たちは完全に眠り、死んだ」
「はい。無事任務を果たせて安心しました。眠り病にわざと冒され、星に降りる。病は空気感染ですの
で、おそらくすぐに生き物全ては眠ってしまったでしょうね」
「ああ。高度な文明を持っていようと、治療法を見つける事はできない。何しろ、プーリス星でなけれ
ば、薬の材料は手に入らないのだからな。過去には我々を苦しめた病が、我々を助けることになろうと
は。眠り病と必死に戦っただろう先祖たちも、報われることだろうよ」
 プーリス星だとて、文明が低いわけではない。しかし、地球の人々ほどに機械が発達していなかった。
羨ましかったが、機械を作るための資源が、圧倒的に不足していた。ならば侵略してしまえばいい。そ
うと決まれば、話は早かった。そして、計画は完遂され、ついに地球はプーリス星人のものとなった。
 にやにやと笑いながら、取り囲む機械に手を伸ばす。これからは、毎日が楽に過ごせる。娯楽にも飢
えないだろう。スイッチひとつで、何でも出来るのだ。
 しかし、どこを弄ろうとも機械は反応しなかった。わけのわからぬ、地球の文字が画面に表示される。
「はて、これはどうすればいいのだろうか……」
 整備し、扱う人類がいない地球の機械……。プーリス星人の目前で、文明は眠ったまま動かない。







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