愚か者
◆4RQAzpJruM




669 名前: ◆4RQAzpJruM :2006/09/11(月) 00:03:25.23 ID:fdd+hrJu0
 王がテラスから兵の調練の見物をしている。
この王は有能で戦も、内政も家臣よりも秀でているが、ただ一つ人に対する優しさが足りなかった。
この調練も王の満足いくものでなく、不快さを表に出す。
 その時後ろで声がした。
振り返ってみれば自身のみが座る玉座に誰かが座っている。
厳しい表情でそれを見据えながら近づく。
片手が、剣の柄にある。
王以外のものが玉座に座る。大罪である。
普通ならば首が飛び遺骸が市中に晒されるほどのものだ。
だが王はそれが誰か確認すると表情を和らげ柄から手を離す。
玉座に座っているのは、なんとも変わった格好をしている。
鈴付きの赤と緑の帽子、白と黒のまだら模様の奇抜な服、尖った先端に鈴をつけた靴。
目元を残し顔に白粉を塗り口に紅をつけ、人の頭部を模した杖を持つ。
最近王が手に入れた、お気に入りの宮廷愚者である。
 本来謁見の許可なく王に会うことはできず、城にも入れない。
だが彼のような愚者達は城の内外を勝手に出入りすることができ、
また貴族でも王族でも庶民でも地位をわきまえずに話すことができる。
「お前か、そこはお前が座っていい場所ではないぞ」
 言われて座っているものを見て、初めて気が付いたように顔を驚かせる。
「これはこれは、王様にはご機嫌麗しゅう。なにやら座り心地の良い椅子が
あったのでついつい座ってしまいました」
 一度立ち上がり、軽く会釈すると悪びれた風もなくまた座る。
「はっはっは。それではわしが座れぬだろう」
「実は実は、つい先ほど市中を散策してたおりに、民衆の話を聞きましてね。
それでとある王の話を思い出したので、今日はお話を致そうと思いましたのです」
 頭を左右に揺らして鈴をならして喋る。
「ほう、聞いてやろう」
 本来臣下が座る椅子に腰がけ手で話を促す。
それでは、と立ち上がり大げさに礼をして玉座に座る。



670 名前: ◆4RQAzpJruM :2006/09/11(月) 00:04:28.72 ID:fdd+hrJu0

「そのむかし、西方にある国がありました。
その国は小さいながらも豊かで栄えておりました。
その国の王はどの臣下より優れていて、戦えば必ず勝ち、
策という策はことごとく当たる程の有能な方でした。
ですが国は栄えれば栄えるほど臣下も人民も苦悩していきました。
なぜでしょう?」
 王に問い掛け、顔をニコニコとさせ返答を待つ。
一考するようにアゴに手を当て、すぐさま顔を上げ答える。
「その者は、才気はあるが人を人と見ていないのだろう、他者を駒としか思っていまい」
愚かな王だ、そう頭に過ぎった。
その答えを聞いて愚者は満面の笑みを浮かべる。
「そうです、臣下も臣民も何かを行うための駒としか思っていませんでした。
駒ならば文句を言いませんが、生きている人間は不満が溜まる一方。
その事を心配してある臣下が諫言しました。
『王よ、人に厳しく当たれば自身もまた厳しくあたられますぞ』 と。
しかし王はそれを忠告でなく侮辱と取ってしまい、その臣下の首をはねてしまいました。
それを聞いた他の臣下達は、次は自分の番かもしれないと恐怖に慄きました。
そしてある日、恐怖に囚われた臣下の一人がついに決起しました。
王は臣下を呼び集め鎮圧しようとしましたが、誰一人やってきません。
みな反乱を起こした者に従ったのです。
従う兵もない王は城から脱出しました。
からくも城を出た王は民家に匿ってくれ、と扉を叩きましたが誰も扉を開けません。
ついに捕らえられ市中で首を切られる時。
臣下や臣民の開放されるような顔を見て、この王は気付きました。
自分に足りないものが何なのかと。
それは人に対する優しさ、おもいやりでした。
他者を気づかう事の大切さ、自分の愚かさを呪いながら死にました」



671 名前: ◆4RQAzpJruM :2006/09/11(月) 00:05:14.61 ID:fdd+hrJu0
「有能でいながらも人の心を知らなかった王のお話です。
この王と似た者達はみな同じような形で死んでいきます。
この王達はみな足元を見ようとしません。
王様、この椅子からの見晴らしは素晴らしい。
しかし足元を見ればこの椅子の足は痛んで腐り始めています。
このままでは、いずれ座った時に足が折れ、怪我をなさいますよ」
 椅子から立ち上がりうやうやしく頭を下げ、王の間から出てゆく。
その後姿を見ながら王は、一つため息をつく。
この話が民衆の話を聞いて思い出したと愚者は言った。
しかし王は違うと感じた。
思い出したのではなく、思いついたのだと。
もしこのまま臣下の話を耳に入れずにいたらあなたはこの王みたいに死ぬ。
そう言いたかったのだろう。
 立ち上がり玉座の足をさする。
なるほど、愚者の言う通りに腐りかかっている。
「この足は、わしの不注意という事か。それほどの苦労をわしは……」
王は落涙した。
 愚者が杖をつき、腰を振りながら歩く。
リン、リン、と鈴を陽気に鳴らしながら歩く。
 そこに子供達が集まる。
「ねぇねぇ、なにかお話してよ」
 愚者は頭を振って考えるようにアゴに手をあて、
「よろしいよろしい、ではお話をしてあげよう」
 くるりと一回転して頭を下げる。
「その昔、西方にある国があった、その国の英邁な王と愚か者のお話だ」




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