【 LOVE IS ETERNAL 】
◆WGnaka/o0o
※投稿締切時間外により投票選考外です。
128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/04(月) 01:33:36.03 ID:kvTWDmeC0
何本も火を灯された線香の煙が、ゆらゆらと雲一つ無い青空へ吸い込まれてゆく。
黒服の大人たちに混じって静かに佇む一人の幼い少女だけが、白煙の道を追うように天を仰いでいた。
無垢なその瞳は一体何を見つめ、そして何を思うのだろう。
線香の残り香を掻き消すように吹く強い風が、少女の後ろ髪に付けられた真っ白なリボンをはためかせた。
手を繋ぎながら隣ですすり泣き始めた母親の声で、空を見据えたまま少女は表情を変える。
弱音の出そうな口元を強く結んで、潤んできた目蓋をきつく閉じた。
繋がれた母親の震える手に、少しだけ力を込めて握り返す。
――わたしはだいじょうぶ。
悲しみで溢れ返る世界には、言葉なんて必要無かった。
左手には母親の優しい温もり。右手にいつもあるはずだった強い温もりは、春風で掻き消されてゆく。
少女は空いてしまった右手を見つめた。小さな手の平に、父親の大きな手の平が幻のように重なった。
思わず手の平を握ってみるが、短い指は虚しく空を切るだけ。温かく包んでくれるものはもう無い。
今にも泣き出しそうなのを堪えるように、唇を噛み締めて涙を飲み込んだ。
泣いてしまったらきっと父親は悲しむ。少女はそう思ったに違いない。
先祖が眠る墓石の片隅に刻印された真新しい名前は、大好きだった人のものだと少女は知っていたから。
130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/04(月) 01:35:23.33 ID:kvTWDmeC0
何度目か判らない春が今年も訪れる。隣家の庭先から顔を覗かせる桜の木は、薄紅の花を咲かせていた。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい。車に気を付けるのよ」
「うん」
たった一人の家族に見送られて、少女は朝陽の中を走り出した。
後ろ髪を束ねている白いリボンを揺らしながら、地面に敷き詰められた桜の花びらを舞わせる。
もし生きていたのなら、一番にこの真新しい制服姿を見せたかっただろう。
少女はふと思い付いたように今来た道を引き返すと、狭い脇道から林道へと入って行く。
朝陽を遮るように鬱蒼と生茂る木々の合間を縫って進むと、人工的に拓けた場所が見えてくる。
辿り着いたそこは少しだけ舗装された集落墓地。砂利の敷かれただけの簡素な枝分かれ道。
息を整えながら砂利道を歩く少女の前に、あまり多くない墓石の数々が寂しげに佇んでいる。
ここへ墓参りをする人が多くないのか、古めかしい墓石たちはどれも砂埃を被って汚れてしまっていた。
しばらく歩いていた少女の足が、一つの墓石の前で止まる。飾り気も無い墓石だった。
少女はしゃがみ込んでから、瞑想するように目を閉じ手を合わせて祈る。
長いようで短い時間が過ぎたあとに、祈り終えた少女は髪を束ねていたリボンを解き始めた。
改めて見るとそのリボンは縫い糸がほつれてきている。過ごして来た日々の長さを感じさせた。
大事そうに膝上で折り畳むと、手の平より小さくなったそれを墓石に供えるようにしてそっと置く。
そして、もう一度手を合わせて大きく深呼吸をし、何かを決したように唇を結んで墓石を見つめた。
少女が何かを言おうと口を開いた瞬間、あの日と同じような強い風が吹き抜けた。
墓石の前に置かれた白いリボンが宙に舞うと、たった数秒で青空へと吸い込まれてゆく。
鳥のように羽ばたくリボンを見送りながら、少女は微笑んで右手を太陽に翳した。
泣き顔を見せたらきっと悲しむ。父親の前ではずっと笑っていようとあの日から決めたから。
「ありがとう、お父さん……ずっと守ってくれて」
太陽の逆光を遮っていた手の平に、父親の大きな手が重なって見えた。
それは成長した少女の手ですら、まだ小さいと感じるほどに昔と変わらなかった。
131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/04(月) 01:36:14.83 ID:kvTWDmeC0
「行ってきます」
最後にそう告げてから、少女はゆっくりと立ち上がりその場から歩き出す。
決して振り返らないまま、前を見据えて砂利道を行く。
初めて父親が買ってくれたあのリボンが無くても、自らの力で歩いて行けると信じている。
大事なのは形や物ではないのだろうと思っていた。幸せだった記憶があれば、それだけで良かった。
幼き日に注いでくれた愛情は、今も胸に焼き付いているのだから。
【 第23回品評会お題「愛」/ LOVE IS ETERNAL 】
どんな終末を迎えた愛でも、それは心に刻み込まれ決して死なない。
わずかな欠片があれば、それは時に痛みを伴い生まれ変わる。
きっと誰しもが幼少の頃に与えられた家族の愛を糧にし、やがて色とりどりの花々を咲かすのだろう。
永遠に繰り返される輪廻の中で、変わらぬ想いだけが語り継がれてゆくのかもしれない。
あと数年経ち大人になった少女も、自分の子供を連れて父親の前に戻ってくるように。
感謝の気持ちを添えて伝えることが大事だと、いつか気付く日が来るだろう。
いや、もう少女は気付いてるのだ。辛い経験が教えてくれたものは、何よりも掛け替えも無いものだと。
了