【 Al 】
◆qygXFPFdvk




454 名前:Al(1/5) ◆qygXFPFdvk :2006/09/02(土) 18:46:02.04 ID:EKPv41TI0
●十一月二十日
 今日から日記をつけることにする。私が新しいAIシステムの観察を任されたからだ。私にとっては始めて
の検体になる。気を引き締めて掛かろう。
 私が観察主任に選ばれたこともあり、このAIに名前を付けるというご褒美も貰えた。まだ、どんな名前に
するか決められない。今夜ベッドの中でゆっくり考えることにしよう。

●十一月二十一日
 今日は記念すべき、AIが起動された日だ。この検体は、設定として女性の人格を持っている。まだ、起動
された直後で言葉もわからない状態だ。
 私は彼女に最初の言葉を与えた。それは「ひかり」という単語。私が一番好きな単語であり、私が彼女に
与えるために一晩考えた名前だ。ひかりは私が与えたその名前を非常に気に入ったようだ。といっても喜び
の言葉はまだ知らないのだが。これからじっくりと教えていくことになるだろう。

●十一月二十七日
 今日で、ひかりが起動してから一週間。ひかりは急速に言葉を覚えてきている。ひかりの言葉の覚え方は、
入力されている辞書の中から彼女がランダムに選び、それを私に尋ねるという形式だ。当然、辞書には意味
まで記載されているため、文面上では彼女はその意味を知っている。それに具体例を与えたり、二人で討論
したりすることで、知識の浸透にどのような影響を与えるかを観察するのが今回の実験の目的なのだ。
 よって私の主な仕事は、ひかりとの会話の記録をとることだ。ひかりはすでに、この一週間で基本的な会
話に必要な単語を覚えた。明日からはひかりとの会話を楽しめそうだ。

●十二月四日
 今日は一日、ひかりの質問攻めに遭って大変だった。彼女は比喩表現に興味を持ち始めたようで、「足が
棒になるとはどういうことか?」とか、「水を得た魚という言葉があるが、その魚はなぜ水の中にいないの
か?」などと、返答に困る質問をぶつけてきた。困りながらも何とか答えることが出来たが、大変な目に遭
った。しかし、私にとっても有意義な時間を過ごせたと思う。今後、ひかりとはどのような会話が出来るの
だろうか。楽しみである。

455 名前:Al(2/5) ◆qygXFPFdvk :2006/09/02(土) 18:46:33.03 ID:EKPv41TI0
●十二月十日
 今日、ひかりが「なぜ私にひかりと名付けたのか?」と聞いてきた。私は「私が一番好きな言葉だからだ」
と答えた。彼女は続けて「博士はなぜひかりが好きなのか?」と聞いた。私は「私が一番初めに覚えた言葉
だからだ」と返した。
 私に言葉を教えてくれたのは父だった。父は仕事の合間に私の相手をしてくれ、私に分かるように言葉を
説明してくれた。父が光を教えてくれたときのことは、今でもよく覚えている。太陽に手をかざす私に優し
く、「ひ、か、り」とささやいてくれた。それ以来、光の持つ柔らかさ、包容力が好きになった。光に父の
優しさが重なるのだ。
 ひかりはこの話を聞いて、とても喜んだ。私にとって大事な言葉を、名前として与えてくれたことがうれ
しいと言っていた。ひかりは素直に成長している。

○十二月十日
 毎日、博士が日記を付けているので、私も真似して付けてみることにしました。私はひかりです。博士と
一緒に言葉の勉強をしています。毎日が楽しいです。……日記って後、何を書けばいいのかしら?

●十二月十五日
 今日ひかりに会いにいくと、彼女は驚くほどに語彙を増やしていた。急に「貪愛という言葉ですが……」
と振られたときには、急いで辞書を引いたほどだ。何とかごまかすことが出来たが。
 そこから「愛とは何か?」という議論が始まった。私は辞書どおり、「親子や兄弟などがいつくしみ合う
気持ち。 異性をいとしいと思う心。ある物事を好み、大切に思う気持ち……」と答えたが、彼女は納得し
なかった。「それは好きという感情とどう違うのか?」「好きと愛しているの境界はどこなのか?」など、
今日の彼女の質問は難問だらけで、私はたじろぐばかりだった。
 だが、彼女の最後の質問だけは簡単だった。「博士は私が好きですか? 愛してくれますか?」。答える
ことは非常に簡単だったが、私は微笑むだけにしておいた。

○十二月十五日
 博士はずるい! 私がすごく緊張して「博士は私が好きですか? 愛してくれますか?」と聞いたのに、
笑うだけで答えてくれなかった!
 でも、その微笑みがすごく優しかったから、きっと博士も同じ事を思ってくれているはず……

456 名前:Al(3/5) ◆qygXFPFdvk :2006/09/02(土) 18:47:11.76 ID:EKPv41TI0
●十二月二十一日
 今日は大変な一日だった。ひかりが泣いていたのだ。当然、AIなので涙を流すわけではないのだが、塞ぎ
込んでしまい、会話にならなかった。落ち着いたところで聞いてみると、「死とは何か?」を考えていたら
悲しい気持ちになったのだそうだ。ひかりは感受性が高く、こういうことで落ち込んでしまう。
 私は、「死とは、その人の存在がなくなるわけではない。その存在が大事であればあるほど、遺された人
の心にいつまでも残る」と教えてあげた。ひかりは何故かますます泣いてしまい、今日の観察はそこで終了
した。

○十二月二十一日
 今日は「死とは何か?」を考えた。博士に聞こうと思ったんだけど、もし、博士が死んでしまったら……
と考えたらとても悲しい気持ちになっちゃった。こんな気持ちは初めてだったからすごくびっくりした。
博士がいつもの時間に来てくれたけど、悲しくて顔を見れなかった。
 そんな私に、博士は教えてくれた。「大事な人は死んでも心の中に残る」って。博士の優しさにますます
悲しくなってきた。私、この人を失いたくない……

●十二月二十三日
 今日は休日だが、気になったので、ひかりの様子を見に行った。先日のショックは収まったようで、私の
顔を見たら、顔色がぱぁっと明るくなった気がした。AIなので顔色に変化があるわけではないのだが。
 「明日はクリスマスイブですね」と言われ、「明日も一緒に居れますか?」と聞かれたので、「もちろん
一緒だ」と答えておいた。明日は平日だから、仕事があるのは当たり前である。一日でも無駄には出来ない。

○十二月二十三日
 今日はお休みなのに博士が来てくれた! 一昨日のことが心配できてくれたみたい。嬉しかったけど、博
士に迷惑かけちゃったのかな……
 明日はクリスマスイブだ。博士に「一緒に居てくれますか?」って聞いたら「もちろん一緒だ」って答え
てくれた! すごく嬉しい……

457 名前:Al(4/5) ◆qygXFPFdvk :2006/09/02(土) 18:47:46.46 ID:EKPv41TI0
●十二月二十四日
 今日は楽しい一日だった。ひかりが私のためにプレゼントを用意してくれていたのだ。当然、AIなので、
モノを用意することは出来なかったようだが、彼女は詩を送ってくれた。タイトルは「光」。その詩には光
の優しさと一緒に、ひかりのやさしさもが表現されていた。興味深い贈り物をもらったと思う。
 私は詩など作れないので、彼女のために光についてもっと詳しく教えてあげることにした。光の性質、光
速、光子力…… 彼女は喜んでくれただろうか。
 残りの日数が少ない。もっとデータを集めなければ。

○十二月二十四日
 すごく楽しい一日だった! 博士のために、詩を用意したんだ! 前に聞いた歌の歌詞をちょっぴり真似
したけど……
 博士はすごく喜んでくれた。お返しに、とても面白い話をしてくれた。光に関する話。ちょっと難しかっ
たけど、博士と一緒に入れる時間が長くなって嬉しかった。
 ずっと一緒に居れたらいいのにな…… この気持ちいつか伝えなきゃ……

●十二月三十日
 今日で大まかな仕事は終わりだ。明日にはひかりに別れを告げなければならない。満足なデータが得られ
ただろうか。

○十二月三十日
 博士がずっと怖い顔してた。話しかけても素っ気なかったし…… 忙しかったみたい。
 明日で今年が終わる。来年ってどんな感じだろう?

458 名前:Al(5/5完) ◆qygXFPFdvk :2006/09/02(土) 18:48:17.57 ID:EKPv41TI0
○十二月三十一日
 博士に告白した拒絶された嫌われたもういやもういやもういや――

●十二月三十一日
 今日はがっかりだ! ひかりにデータが取り終わったことを告げ、電源を落とそうとしたら、なんと彼女
は私に愛の告白をしたのだ!
 私は観察者であり、彼女はAIである。私がAIと愛を育むなどということがどうやって出来ようか? これ
まで、距離をとって観察してきたというのに……
 このような無駄な感情が生まれるとは想像もしていなかった。私は少々気が昂ぶってしまい、彼女の電源
を乱暴に切って――

★Dec. 31,2014 (WED) Weather:clear Room temp.:24℃ Continuation time:40 d 14 h 33 m 26s
 本日、二台のAIの動作が終結。驚くべきことに、検体Bは観察役の検体Aに愛情を抱いたというデータが得
られた。しかし、検体Aはそれを拒んだようだ。観察役の責務を必要以上に背負ってしまったらしい。
 AI二台による言語習得機能を観察する実験だったが、思わぬ副産物が得られたようだ。興味深い事象であ
るので、検体Aの設定を調整後、再度観察を行う予定である。検体Aは、画一的な記録のとり方をする癖があ
り、これについても改善が必要なようだ。
 今回の実験ではそれ以外にも面白い現象がいくつか起こった。観察役の検体Aが、学習当初のことを覚えて
いたこと。AIが死についての考察を行っていたこと。休日にケーブルを接続したままにしておいたところ、
勝手に通信を行っていたこと。AIが作詩を行ったこと―― どれも興味深い。
 これからの研究課題を列挙したところで、今年最後の日報の筆を置くことにする。

                           ―― Al〜Artificial lovesickness〜 完――



INDEXへ  |  NEXT−ちょこっと愛 ◆8vvmZ1F6dQ