【 夢枕 】
◆qygXFPFdvk
※前回優勝者なのと、自己申告により投票選考外です。




718 名前:夢枕(1/4) ◆qygXFPFdvk :2006/08/20(日) 22:21:09.80 ID:VKLsTTVa0
七月中旬。梅雨も明け、憂鬱な雨音が蝉の合唱へと切り替わった頃。昼休み中の俺達は学校の裏山
に抜け出してきていた。理由はタバコ。高校三年生といえば、そろそろ大人の味に体が慣れてくる時期
である。
「あー、煙いわー」
サッカー部主将が煙を吐き出しながら言う。
「じゃあ、吸うなよ」
バスケ部の人気者が笑いながら言った。
「静かにしろよ。あんまりうるさいとバレんだろ」
野球部に所属する俺は周囲を気にしながら二人を諌める。
「野球部さんはビビりになったもんですなぁ。一番に吸い出したくせに」
「俺達がハマったのも野球部さんのせいなんですけどねぇ」
二人が大声のまま俺をやじる。
「今は夏の予選中だからバレるとマズいんだ……ってヤベッ! 誰か来たぞ!」
嘘? マジかよ? なんて言いながら、俺達はしっかりと吸い殻を拾い、裏山を駆け上がった。

五分ほど走ると、小さな社のようなものが見えた。後ろからの気配も無くなったのでそこで休む事にする。
「あー、マジ焦ったー」
バスケ部が咥えタバコのまま肩で息をしている。
「最近走り込んでねえから、ダッシュはきついわ」
サッカー部はにやけながら近くの岩に腰掛けた。
「逃げる時ぐらいタバコ手放せよ。って、お前何に座ってんの?」
俺はサッカー部が座っている岩を注意深く見た。腰元までの高さの横に長い岩。何か書いてある。崩れた字体
な上、風化で表面が削れているが、ケモノ偏に膜の右側。多分『獏』だ。裏側にはブタかイノシシみたいな動物の
絵が書いてある。
「なんだこれ? 気持ち悪いな……」
立ち上がったサッカー部が蹴りを入れる。
「止めとけって……そろそろ帰ろうぜ」
俺達は、バスケ部が持っていた安物の香水で臭いを誤魔化して学校へと帰った。

719 名前:夢枕(2/4) ◆qygXFPFdvk :2006/08/20(日) 22:22:11.93 ID:VKLsTTVa0
次の日。昨日の件を機に、俺達はあの社の所まで登ってタバコを吸う事にしていた。
「あー、やっぱ煙い」
サッカー部が煙を吐きながら言う。
「だから吸うなって。それよか、その松葉杖とギブスは何よ?」
バスケ部がにやけながら聞いた。
「昨日寝ぼけて階段から落ちてよー。全治二ヵ月だって」
「大会間に合うのかよ?」
「間に合うべ。ウチの部じゃ俺がいなきゃ初戦も勝てないって」
サッカー部がケラケラ笑いながら答えた。右足のギブスはカラフルなペンで落書きされている。
「ヤニの吸い過ぎですぐスタミナ切れするキャプテンなんていらねえだろ」
「うるせえ!」
バスケ部が茶化すと、サッカー部は松葉杖を振り回して応戦する。
「でもよ、その岩に呪われでもしたんじゃねえのか?」
バスケ部が冗談気味にタバコの先で岩を示す。
「これって、バクって読むんだろ? コイツ確か、夢食うんだよ」
「夢?」
「あぁ、夢。寝てる間に枕元に来て、夢食っていくんだとさ。なんか鼻が象で、足が虎なんだって。」
バスケ部が岩でタバコを擦り消す。
「そういや、階段から落ちる前、変な夢見てた気もすんな」
「ははは。じゃあやっぱ夢食われたんだよ。で、サッカー部さんはプロ選手への夢を断たれたと」
「冗談じゃねえよ。夢は断たれてねえって」
サッカー部は笑いながら答えるが、正直最後の大会への参加は厳しいはずだ。バスケ部もそれを分かって茶化
している。奴なりの慰めなんだろう。
バスケ部は胸から箱を取り出すが、すぐに握り潰した。中身が無かったのだろう。シュートする構えで
「スリーポインッ!」
と言うと、社の屋根に向けて放り投げた。ゴミは放物線を描き屋根の裏側に吸い込まれて消えた。
「おい、その辺にゴミ捨てんなって……」


720 名前:夢枕(3/4) ◆qygXFPFdvk :2006/08/20(日) 22:23:13.66 ID:VKLsTTVa0 さらに翌日。バスケ部の右手には包帯が巻かれている。
「……で、それは?」
「いやぁ、寝てる間に爪剥がしちゃってさ。すげえ痛てえから起きたら、ベット血まみれだったわ」
「うわー。痛そう」
サッカー部は落書きが増えたギブスを撫でながら言う。
「ドリブルも出来ねえよ。ま、練習しなくて済むって思うと気楽だけどな」
バスケ部も大会が近い。練習に参加できないという事は、少なくともレギュラーからは外れると言う事だ。
「次は野球部さんの番ですな」
「間違いありませんな」
二人がニヤニヤしながら俺を見る。冗談に聞こえなかった。その時、
「お前ら! そこで何してる!?」
と怒鳴り声が聞こえた。この声は生徒指導だ。ヤバイと思った俺はポケットの中の箱を握り潰し、後ろ手で投げ
捨てた。箱は岩に当たり後ろの草むらに落ちた。
臭いの件で咎められたが、現場やブツを押さえられたわけではなかったので、その場は何とか逃げる事が出来
た。また場所探さなきゃな、なんて言いながら俺達は別れた。


721 名前:夢枕(4/4完) ◆qygXFPFdvk :2006/08/20(日) 22:23:56.04 ID:VKLsTTVa0
その日の夜。暑くてなかなか寝付けなかったが、徐々に意識が曖昧になっていった。夢を見ている感じがする。
マウンドの上。背後にはランナーを背負っている。さらに後ろのスコアボードには九回までのスコア。九回裏
で一点リードしている様だ。
キャッチャーからボールを返される。キャッチするが、すぐに違和感を覚えた。凄く重いのだ。まるで砲丸の玉
だ。右手に持ち替えて握りを合わせるが、違和感は拭えない。額に粘り気の多い汗がじっとりと沸いてくる。
相手バッターを睨む。同じ高校生のはずだが、体が大きく見える。打たれたらフェンスを大きく越されそうだ。打
たれるわけにはいかない。渾身の速球で勝負だ。
ランナーを気にしつつ、クイックモーションで腕を振り抜く!
重いボールがすっ、と指を離れ……ずに飛んでいった。俺の肘から先も一緒に。
山なりにボール、と腕が飛んでいく。バッターは強振。鈍い音を立てて一直線にフェンスを越えていった。 俺の
腕が。肘から先が無くなり軽くなった右手をじっと見る。切断面は何かの歯形のようになっていて……
「なんじゃこりゃああああああああああ――」



「――あああああ!」
飛び起きた。寝汗でびっしょりだ。右手を見る。いつもと変わらない。
「あぁ、夢か…… 長い夢だったな。それにしても、俺が夢を食われるなんて縁起が悪い」
欠伸をしながら寝床を抜け出す。空を見ると、太陽が昇るにはまだ時間がありそうだ。俺は目覚めの悪さを晴ら
すために一服しようと考えた。
一歩一歩ゆっくりと足を進める。とある高校の裏山を。虎の足で。

<了>



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