466 名前:夢追い人 ◆3bIj6X4Wgg :2006/08/20(日) 00:50:49.28 ID:ctCkOhdV0
夢なんてそもそも願望が肥大化したものにすぎない。だからそんなもん、なくたって俺は
生きていけるし、毎日楽しいさ。むしろ夢なんて持たないほうがいい。
こんなことを考え始めたのはいつごろだろうか、もう結構昔から、こういうことを思っていた気がする。
夢に向かって突っ走っている奴ら、眩しいよ。でもそれだけだ。その輝きが強ければ強いほど、俺はその先に
ある挫折を思うと、こっちまで恥ずかしくなった。何割、何パーセント、何人の人がそのゴールに辿り
つけるだろうか、本当に極わずかだろう。突っ走っしった距離だけ、恥という形になって跳ね返ってくるのだ。
夢に手が届かなかった人というレッテルが貼られるのだ。俺にはそんなリスク負えない、だから走らない
そもそも夢なんて持たない。
おい鈴木、お前のことだよ。皆の前で甲子園に出場します、何て夢語っちゃって。挙句、地方予選のしかも
初戦敗退だったじゃねぇか。恥ずかしくないのか? なんでそんな清々しい顔して、さも青春してました、みたいに
語ってるんだよ。忘れてないぞ、お前の言ったこと誰も忘れてないぞ。それに高田や水野だって、なんでお前ら――
……同窓会なんか行くもんじゃないな、夢追っかけていたころの話しばかりしやがって。
誰一人としてその夢掴んでないのに、くそ。夢なんて持つこと自体、恥ずかし――
「おわっ」
帰り道、間抜けな声を上げる。街灯何一つ無い漆黒、土手の上を、俺は勢い良くすべりこけた。
立ち上がる、ここはどこだ?
俺は真っ暗な空間に、何かの気配を感じた。暗闇に目が慣れる一歩手前、俺はライトアップされた。
そこはステージのようだった。ステージの真ん中で俺はぽつりと立っていた。
目が光に慣れると、その気配の正体に気づいた。椅子に座って、ステージに立っている俺を眺めている。
これから始まる劇を見るかのような視線、まるで観客のようだった。
468 名前:夢追い人 ◆3bIj6X4Wgg :2006/08/20(日) 00:51:26.42 ID:ctCkOhdV0
訳がわかんねぇ、何が始まるんだ?
身構える俺、ステージの片隅にはマイクを片手に、女が座っている。その女がアナウンスのようなものを始めた。
「彼が初めて野球に興味を持ったのは小学二年生の頃でした」
はあ? 何を言い出すんだ、この女。
「そして彼はプロ野球という職業を知ると、タイムカプセルに埋める"将来の夢"を書く色紙に
中日ドラゴンズにドラフト一位で入団する、そう書きました。これが彼の最初の夢でした」
嫌な汗が流れる。直感、これ以上は駄目だ。俺は女にアナウンスをやめさせようとダッシュで駆けつけ、
そして見えない壁に弾き返され、その場に倒れこんだ。
「そして二年後――
それ以上はやめてくれ、俺は懇願する。
――彼はバスケットボール部に入部しました」
観客席が爆笑に巻き込まれる。立ち上がる気力すらなくなり、そのまま観客席に目を向ける。
最前列、鈴木が――爆笑していた。
「彼の中日ドラゴンズに入るという夢は儚く崩れ去ってしまいました。」
アナウンスはもう耳に入らない。惨めさが鈴木に対する怒りという感情に変わる。
「当時、彼の夢はマイケルジョーダンになることでした。そして中学に入学すると――
ふざけるな! 俺を笑う権利なんてお前にはない!
――彼はテニス部に入部しました。彼の夢はまた、儚く消え去っていたのです。」
再び会場が爆笑に包まれる、鈴木は腹を抱えて笑う。
俺は叫んだ、お前だって甲子園に行けなかったじゃないか!
鈴木は言った、お前と俺は違う。
どう意味、何が違うんだ、さっぱり分からない。思考が錯乱する。
「お前は何を恥ずかしがっているのだ?」
何が恥ずかしいかって、そんなの決まっている。
「お前は何で笑われているか気づいているのか?」
何で笑われているかって、そんなの―――
そうしてようやく、悟った。どうやらとんでもない勘違いをしていたようだ。
ライトアップしていた照明の電源が落ちる。ステージが沈黙と暗闇に飲み込まれた。
469 名前:夢追い人 ◆3bIj6X4Wgg :2006/08/20(日) 00:52:25.35 ID:ctCkOhdV0
「お兄さん大丈夫?」
声がする。瞼を開くと目一杯の青空をバックグラウンドに、野球帽を被った少年が覗き込んでいた。
「おう坊主、お前に夢はあるか?」
「うんあるよ、ドラゴンズに入ることが夢なんだ!」
俺は笑った、この少年が眩しく見えるのはどうやら逆光のせいだけではなさそうだ。
「そうか、それは良いことだ」
俺は野球帽の上から小さな頭をわしゃわしゃと撫でると、昔の自分をダブらせ、自らに言い聞かせるように
「いいか坊主、夢を簡単に諦めるな。どんな壁にぶつかっても逃げるな、ひたすら突っ走れ。
夢を追うことはカッコいいことなんだぞ、本当に恥ずかしいことは夢から逃げることなんだ。
そういう奴は笑いものにされるんだぞ。このことは絶対、忘れないでくれ」
――頼む
俺がとっくの昔に落としていったそれを持つ少年に、自分のようになって欲しくない。
分かった! と声を上げて河川敷の広場へと駆けていく少年。
――神様、どうか……
<了>