【 手の平に収まる黒色の世界で輝く光 】
◆WGnaka/o0o
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627 名前: ◆WGnaka/o0o :2006/08/07(月) 00:32:05.48 ID:2Z4ceUD90
 頭上に広がる夜空から雨混じりの小雪が降り続く。小さなそれは街灯の光を浴びながら煌き揺れる。
 闇夜の街を歩くことは好きじゃない。雪も冷たくて濡れてしまうから好きじゃなかった。
 それに、私は幼い頃から暗闇というものが大嫌いで、毎日訪れる夜がただひたすらに怖かった。
 闇を見ていると強烈な孤独感に襲われ、知らない誰かに見られているような気がしてしまう。
 それでも付き合っていた彼の存在が身近にあったときには、私は闇を恐れない日々を過ごしていた。
 けれど、短い期間を経て私と彼は去年の今頃に別れることになった。彼には叶えたい夢があったから。
 苦渋の決断だと彼は別れ際に言っていたが、本当は成るべくして成った結末だと感じた。
 毎晩一緒に居てほしいと言うようなワガママ女は、嫌われて当然だろうと自分でも思う。
 彼は夢を追い続け、私は闇に追い続けられる。出逢う日までと変わらない日々が戻ってきただけ。
 幸せだった思い出に未練はもう無いはずだった。もう彼と逢うことすら無いと思っていた。
 しかしそれは突然に崩れることになる。半月前に家の郵便受けに一通の手紙が届いていた。彼からだった。
 住所と待ち合わせらしき時間の指定と、夢を叶えた類のことが簡潔に書かれていたもの。
 最初は手紙の内容に戸惑い迷ったが、今は意を決してその住所の元へ向かう途中だった。
 やっぱりまだ未練は残っていたのかもしれない。高鳴る胸の鼓動は、嘘じゃないと判ってるから。

「相変わらず好みは変わってないな。たまにはそれ以外のもどうだ?」
「コーヒーはブラックに限るって言ってたのは貴方じゃない」
 白いティーカップの中で闇の波が幾度と無く揺らめく。闇の中を見つめる私の顔が歪んで映っていた。
 緊張から出る溜め息を僅かに吐いてから、ティーカップの縁に口付けて黒く苦い液体を喉に流し込んだ。
 なんだか他の店のより苦味が強くて、思いがけないほどの濃厚な後味に一度だけ咽返った。
「やっぱウチのじゃきつすぎたか。ほら、サービスだ」
 彼はそう言いながら小さなミルクカップを目の前に差し出す。折角だから使わせてもらうことにした。
 ミルクカップの中身をティーカップへ少しずつ注ぐと、闇世界に対照的なほどの綺麗な光が渦巻く。
 そしてミルクが無くなる直前、何か銀色の輪っかのようなものがその中へダイブする。
「ねぇなに? 今の……」
「ああ、それはそのコーヒーを飲み干してからのお楽しみだ。暗い闇を照らす変わった角砂糖さ」
 まだ綺麗なバカラグラスを丹念に磨く彼は、照れくさそうにしながら優しく微笑んだ。
 急いでブラックコーヒー飲み干したティーカップの底には、店内のダウンライトで輝くシルバーリング。
「バカ……なんで、今頃っ……」
 彼はカウンター越しに泣き出しそうな私を優しく抱き締める。もう離さないでほしいとその胸に願った。



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