【 チンケな犯罪 】
◆KARRBU6hjo




442 名前:チンケな犯罪 ◆KARRBU6hjo 投稿日:2006/07/23(日) 20:18:01.32 ID:I7MQBmVE0
「あー、いけないんだぁー」
二階のベランダで座り込んで一服していた俺に、唐突にそんな声が掛けられた。
「……姉ちゃん」
閉められた網戸の向こう側に、何時の間にか姉ちゃんが立っている。
「驚かせないでよ。心臓止まりそうだった」
正直、出現に全く気が付かなかった。この人は昔からそういうのだけは上手い。
姉ちゃんは網戸をからからと開けてベランダに入ってくる。
細い身体、すらりと伸びた足。髪の毛は姉ちゃんが自分で適当に切っているのだが、不思議と違和感は感じない。
「いやはや、イケマセンねぇ非行少年。何?社会に対する小さな反感と絶望?」
「何言ってんのかわかんないよ……」
姉ちゃんは笑いながら俺の隣に座る。
「一本頂戴な」
「はい」
とんとん、と箱を叩いて煙草を取り出す。姉ちゃんはそれを受け取り、ジッポライターをポケットから取り出す。
そうして、慣れた手付きで火を点けた。
姉ちゃんはしたり顔で煙草を深く吸い込む。そして、
「ごはっ!?ごほ、ごほごほごほっ!」
ムセた。
「……何やってんの?」
「そりゃこっちの台詞!何、あんたこんな強いの吸ってんの!?」
しゅば、とかそんな勢いで姉ちゃんが俺から煙草の箱を取り上げる。
しばらく箱の表記と睨めっこをした後、姉ちゃんは箱を返してくれた。
「あー……何か腹立つわ。ガキの癖に」
「ガキじゃないよ。もう高二」
「ははん、まだまだガキだよ。知らない?未成年は煙草吸っちゃいけないの」
「……姉ちゃんだって吸ってた癖に」
「あたしはいいの」
そう言って姉ちゃんは立ち上がる。

443 名前:チンケな犯罪 ◆KARRBU6hjo 投稿日:2006/07/23(日) 20:18:46.57 ID:I7MQBmVE0
「ね、友樹」
「何?」
姉ちゃんは空を見上げ、俺と視線を合わせないまま言う。
「煙草、吸い始めたのっていつ頃から?」
「ん、っと。確か、受験の時位から」
「うわ。ソレ、母さんが聞いたら卒倒するよ」
「うん。だから、秘密にしといて」
分かってるよ、と姉ちゃんは微笑んだ。
「でも、あんまり感心はしないね。若い時分からそういうスタンス持ってると、後々苦労する事になるよ」
「それは、姉ちゃんの体験談?」
「あはは、まぁね。あたしも色々やったからなぁ。煙草に飲酒に自転車ドロ、万引きとかもしょっちゅうしてた。怖いもの無しだったねー、あの頃は」
姉ちゃんは遠くを見ながら、懐かしむように煙を吐く。俺も思い出していた。あの頃の、一番楽しそうに輝いていた頃の姉ちゃんを。
「あん時ゃ楽しかったけどね。でも、今こうやって働いてると思い知るよ。あんなのはただのチンケな犯罪行為。何も格好よくなんかない」
姉ちゃんは顔を伏せ、後悔している、というジェスチャーのように溜息を吐いた。
「確かに、人生楽しまなきゃ損だけどね。それでも、いい楽しみ方と、悪い楽しみ方がある。あたしのも、あんたのも、悪い楽しみ方だよ」
携帯灰皿をポケットから取り出し、姉ちゃんはぐしぐしと煙草を押し付けて火を揉み消す。
「……でも、俺は」
色々と連れまわしてくれた、あの頃の、心の底から楽しそうな姉ちゃんが大好きだった。
大好きで、羨ましくて、憧れていた。
「あんたはあたしと違って出来た子なんだから。母さんも父さんも期待してる。止めろとは言わないけど、道を踏み外すのは良くないよ」
わしわしと頭を撫でられる。
少しだけ、昔を思い出した。

444 名前:チンケな犯罪 ◆KARRBU6hjo 投稿日:2006/07/23(日) 20:19:07.64 ID:I7MQBmVE0
どうして俺と姉ちゃんは、こんなにも違うんだろう。
あんなに楽しそうにしていたあの頃の姉ちゃんと、今の俺はもう同い年だ。
思い切り遊んでいた姉ちゃんと、ひたすら塾と学校を行き来する俺。
今にも窒息しそうな重圧に堪えかねて、俺は姉ちゃんの真似をする。
意味なんてないのは分かっている。
だけど、何かしないと、あの頃の憧れに潰されてしまいそうで。
煙草に飲酒に自転車ドロ、万引きとかもしょっちゅうして。
形だけでもと、あの楽しそうだった世界に近づきたくて、俺はチンケな犯罪行為を繰り返す。
スリルなんてない。あるのは妙な義務感だけ。
特に何の感情も持たず、日課のようにやってきた。
何時か、バレる。
その時なら、この行動は、何か意味を持ってくれるのだろうか。
短くなった煙草の灰が落ちる。
制服に小さな穴が開いた。

終。



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