【 戦と音と 】
◇eee5uIeI0




978 名前:「戦と音と」 品評会お題「音」 1/4 :2006/07/17(月) 00:14:13.32 ID:eee5uIeI0
 「静かなものだな」
それがここに来た時の第一印象だ。
ところどころに砲弾が穿った穴が空き、乾いた血が地面を赤黒くしていたが、
この戦場は至って静かで、虫や鳥の鳴き声が聞こえるほど穏やかだった。
兵器開発に携わる私は、今回初めて前線に赴いた。
普段は本国の研究室で実験を繰り返す毎日で、
中々戦場と呼ばれるところへ出向く事は出来なかったのだ。
さて、そんな私が今回ここにやってきたのは実戦試験のためである。
何の実験かと言えばもちろん新兵器である事はお分かり頂けるだろう。
度重なる試作と実験の末、試作品が完成し、本日ここに初披露と相成ったのである。
私はこの地の司令官への挨拶をさっさと終え、
野営地に新設された実験小屋で新兵器の整備をはじめる事にした。

 「これが噂の新兵器でありますか、博士?」
小屋まで兵器を運び終えた兵士の一人が聞いてきた。
博士と言うのは勿論私の事だ。
軍人としては少佐などと言う無駄に大層な位を与えられているが、
周りはみな私の事を博士と呼ぶし、私もそれを気に入っている。
 「その通りだ。特に名前などは付いていないがね」
私は輸送中に兵器の破損が無かったかを確認しながら答える。
 「一体どのような兵器なのですか?」
兵器を覗き込む兵士。
 「音だよ。音で攻撃したり、撹乱したりする兵器だよ」
軽く手を打って音を立てながら説明をしてやる。
 「理解して貰えたかな?少尉」
名前を聞いていなかったが、聞くまでもないので、
先ほど見えた襟元の階級に従って階級で呼ぶ事にする。
 「分かったら出て行きたまえ。ここから先は軍事機密だよ」
工具を片手にそう言うと、少尉は慌てて敬礼して出て行った。
それを見送ってから、私は兵器の整備にとりかかった。

979 名前:「戦と音と」 品評会お題「音」 2/4 :2006/07/17(月) 00:14:59.25 ID:eee5uIeI0
整備を完璧に終えた頃には、夕陽はほぼ沈みかけていた。
整備を終えた私は、一服しようと小屋の扉を開けた。
そう言えば食事は、と思い出したところで扉の脇にいる者に気付いた。
 「お食事のご案内に参りました」
先ほどの少尉である。
ちょうどそう思っていたところだと答え、火をつけようとしていた煙草を懐に戻す。
 「それともう一つ、身の程知らずを承知で博士にお願いがあります」
拳をぐっと握る様に、私は少尉の言葉が軽い物でないと予想した。
何かな?と問うと馬鹿げた答えが返ってきた。
 「あの兵器を、使うのを止めて頂けませんか?」
一体何をお願いされるのだろうかと思ったが、そんな事とは及びもつかなかった。
 「無理だな。やめる理由も無いし、軍部も許さない」
私は当然の答えを返す。
 「理由、ですか」
そう呟き、しばらくの間を置いて少尉は言った。
 「博士に来て頂きたいところがあります。食事の後、お迎えにあがります」

一体何があると言うのか。
一抹の不安を感じながら、私は今、戦闘車両の荷台に載っている。
戦闘車両と呼べば聞こえはいいが、実際はお粗末なトラックである。
幌に吊るされた揺れるランプを見ているうちにトラックは止まった。
 「ここです」と言う少尉に促され降りた先は、
前線の前線、つまり最前線の野営地であった。
 「間もなくはじまります」
トラックから降ろした椅子を組み立てている。
 「こんな所で一体何何がはじまると言うのだ?」
椅子に座らされながら辺りを見回す私。
すると少尉や他に乗っていた兵士が急に口に指を当てるのだ。
それは静かにせよ、と言う事だと分かったので、私は口を閉じた。
そしてすぐにそれは始まった。

980 名前:「戦と音と」 品評会お題「音」 3/4 :2006/07/17(月) 00:15:39.71 ID:eee5uIeI0
カーーーーーーン

それは金属音。
草地に潜む虫の鳴き声が一斉にやんだ。
金属音は遥か向こう側、敵の野営地の方向から聞こえた。
再び金属音が鳴った。
今度は我々の野営地の方から。
そして両方から無数の金属音が聞こえてきた。
見ると少尉や他の兵士も工具を打ち鳴らしている。
一体何が起こったのかと立ち上がったところで私は気付いた。
無数の金属音が、一つの音色、我が国の国歌の音色である事に。
 「お分かりになりましたか、博士?」
 「これが我が国の国歌ではないか……」
 「我が国だけではありませんよ。この後は向こうの国歌です」
訳が分からずうろたえる私に、誰かが言った。
 「最初は誰かが工具を落としただけだったんです」
 「そうしたら向こう側から音が返ってくるじゃありませんか」
 「返ってきたもんだから返して、そしたら返ってきて」
 「それを日に日に繰り返しているうちにいつの間にか曲の演奏になっていったんです」
少尉だけではなく、周りの兵士たちも加わって口々に説明する。
 「博士、我々は国の関係で戦争をしていますが、決して彼らを憎んではいません」
その言葉を聞いて私は固まってしまう。
 「我々にとって音は、唯一彼らと心通わせることが出来るものなのです」
辺りを見回すと心底楽しそうにみんな手持ちの物を打ち鳴らしている。
 「ですから、この音を兵器に使うだなんて言わないで下さい」
少尉は私に深く頭を下げて、あのお願いをしてくる。
 「どうか、どうか使わないで下さい」
それを聞いて、しばらくの間その音の中で立ち尽くしていた。
真夜中の演奏会は、日付が変わる頃に終わった。
だが少尉の言葉は終わらずに私の心に響いていた。

981 名前:「戦と音と」 品評会お題「音」 4/4 :2006/07/17(月) 00:16:49.42 ID:eee5uIeI0
朝、私は実験小屋にいた。
完璧に整備された兵器を前にして、私はひたすらに考えていた。
耳には少尉の言葉が響いているままだ。
この兵器を今更使わないなどと……。
しかし本当にこれを使っていいのだろうか……。
交錯する思考をまとめあげようと、ひたすらに考えていた。

 「博士、昼食のお時間です」
少尉が私を呼びに来た時、すでに答えが出た後だった。
 「それと、昨日の事はお考えいただけましたか……?」
おずおずと聞いて来る少尉。
私はその眼前に一枚の紙切れを突きつけた。
 「こ、これは?」
突然手渡された紙切れに戸惑う少尉に、私は告げた。
 「すまないが後で本国に送っておいてくれ」
 「本国に、でありますか?」
私の顔と紙切れを交互に見る少尉に、読んでみたまえと促した。
 「中間報告……改良の余地有りと認む……追加予算の計上を検討されたし……」
意味を理解して少しずつ少尉の表情が明るくなる。
 「重大な欠陥が先程発覚してな。改良には軍艦3隻分くらいの予算がかかりそうだ」
ハッと息を飲んだ少尉に私は背を向けて言った。
 「さて、食事を行こうではないか。送るのはその後で構わんよ」
 「分かりました、博士! こちらであります!」
紙切れを綺麗に折りたたみ、手に持った少尉が先導してくれる。
実験が続行できない以上、ここには長くはいられまい。
向こうに戻るまでは、戦場で食べる食事をじっくり味わおう。
そしてあの演奏を聞こうではないか。
晴れ晴れとした気持ちで私は少尉の後について実験小屋を出た。

無人の実験小屋には水浸しのスクラップが横たわっているのだった。



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