【 雨の商店街 】
◆sTg068oL4U




653 名前:雨の商店街 (1) ◆sTg068oL4U :2006/07/12(水) 15:02:57.07 ID:S5oWuOgm0
雨に濡れた地面が凍結したように滑りやすくなり、僕は派手に転んだ。
起きあがろうと手をつくもツルっと滑り、何度も倒れ込む。
立ち上がろうと悪戦苦闘する人、自転車が止まらずそのままの勢いで壁にぶつかる人、
突然の雨と満足に歩けない道に邪魔され雨宿りをする人、寂れた商店街でも大騒ぎになった。
僕は歩道から今居るシャッターの閉まった商店の前まで転がり、そこで手を貸してもらい漸く立てた。
なかなか起きあがれない僕を助けてくれたのが、横にいる夏服の女の子だ。
彼女は傘を持っていなかったので、雨が降り出してすぐ軒下へ駆け込み難を逃れたのだ。

「この雨、何なんでしょうね」
夏服の女の子が呟く。僕は手に傘を持ち、軒下から雨の降る通りを眺める。
「油でも降ってきたみたいだよね」
「コンクリートに油を撒いたら滑りそうですけど、もっとさらさらしてますよね。油って」
庇から水滴が垂れる。トロっとした透明の液体が、ゆっくりと地面に落ちる。
「そうだね、少なくともトロっとはしてない気がする。糊みたいな粘り気があるよね。
透明じゃないけど、小学校のあったアラビックヤマトって糊みたいだ」
屋根で寝ていて逃げ遅れたのだろうか、庇から猫が3匹落ちてくる。
生まれて初めて、猫が着地に失敗するところをみる。
「糊の雨も大惨事ですけど、滑る性質は無いですよね?粘り気と滑る性質を持ち合わせたもの、
なんなんでしょう・・・・・・うまい例えが見つかりませんね」
”これはローションの雨だね”と言えばスッキリしそうだが、それはいえない。
無色透明で適度なトロミ、そして滑りが良くなる液体、
空から降ってきた液体は、まるでローションのようだった。
吉原辺りにドラム缶を持っていけば相当な経費節減になるだろう。
今ならドラム缶一杯で赤字覚悟の3割引、そんなにローションが経費の割合を占めてないか。
「なんなんでしょうね、この雨」
今考えていたことを悟られぬよう、顔を背ける。


654 名前:雨の商店街 (最後) ◆sTg068oL4U :2006/07/12(水) 15:03:39.29 ID:S5oWuOgm0
”ローションみたいな雨”といって説明をするのが親切だろうか?
でも「それ何に使うんですか?」と真っ直ぐな目で聞かれたらなんと答えればいいんだろう?

車がスリップしたのだろうか?遠くの方で自販機の倒れたような音がする。
それから暫くして、大量の金色の缶が右から左へずらずらと流れていく。
リアルゴールドの一群は、転がらずに地面を滑って僕らの前を横切る。みんな濡れてる。
「こうして水滴を見てると糊みたくトロッとしてるのに、滑るなんて不思議ですね」
彼女は雨が体にかからないギリギリのところまで身を乗り出し、滴る水滴を観察していた。
それを掌に受けて貯め、もう片方の手で上に持ち上げる。もう一度掌に戻して今度は伸ばす。
「ベタベタするけど面白い、これせっけんみたいですよ!」
彼女は石鹸を泡立てるように手と手を擦りあわせる。細い指一本一本がテカテカしている。
次に右手を左手で握り、左手を何度も出し入れさせる。滑りの良さに新鮮な驚きを感じ、はしゃぐ。
念入りに手洗いをする幼児みたく、細い指をひとまとめにして激しく動かす。
時々指を回し、または握った方の手を動かす。彼女のテンションが上がると共に、動きも速くなる。
雨宿りの退屈凌ぎで他意は無いのに、僕は彼女を真っ直ぐ見ることが出来ない。

「やめろ!」
声を荒げた後、激しい自己嫌悪が襲ってきた。一点の曇りもなく自業自得だ。
「こんな異常な雨、体に何か害があるかもしれないし・・・・・・軽い気持ちで触らないほうがいいよ」
あっけにとられ振り向いた彼女に取って付けたような注意をする僕、最低だ。
「そうですよね、すいません」
僕はポケットに入ったティッシュを摘んですぐ離し、別のポケットに入れたハンカチを手渡した。
その時だったろうか、徐行していたはずの救急車が歩道へ乗り上げ、僕の方へ近づいてきたのは・・・・・・

終わり



BACK−Oneday in the Rain◆2LnoVeLzqY  |  indexへ