【 星降る街で 】
◆oGkAXNvmlU




701 :【週末品評会】タイトル『星降る街で』1/3 ◆oGkAXNvmlU :2006/07/09(日) 23:55:10.84 ID:5lHURRzW0
 「またか……」
 僕は真っ黒な空を見上げ、光りを放ちながら地上に小さな穴を開ける無数の流星を見ていた。
 毎年この時期になると、惑星『news4』と流星群の軌道が重なるため、地上には流星が降り注ぐ。
 地球では大気で燃え尽きてしまうような小さな流星でも、大気層の薄い『news4』では地表まで届いてしまう。
 住居は地下に作られ、地下交通網もあるのだが、うちの会社は未だにぼろいエアスクーターでの配達に拘っているため、こんな日は仕事にならない。
 「こりゃ、しばらく無理だな」
 流星が一度降りだしてしまうと、数時間は続く。
 こんなとき僕らは、大きな岩の下に身を寄せ、ぼんやり待つしかないのだ。
 小さな流星といえど、直撃すれば体もエアスクーターも穴だらけになってしまう。
 僕は、B地区に届けるはずだったピザを取り出し、ざらつく地面に座り込み食べ始めた。
 
 ピザを半分ほど平らげた時、まだ降り止まぬ流星の中に、黒い煙が見えた。
 その黒い煙の発生源は、すごい勢いでこっちに近づいてきている。
 「まさか……。おい! おいおい!」
 無残にも穴だらけになったエアカーが、方向を見失い、僕のすぐ横の岩に激突した。
 「だ、大丈夫ですか?」
 恐る恐る近づいて、運転席に声をかけてみる。
 「大丈夫です……」
 中から出てきた痩せ型の男は、ひびの入った眼鏡をかけ直しながら僕に言う。
 しかし目はすでにエンジンルームに向いていた。
 「クソッ!」
 素人の僕が見ても、そのエアカーが動く状態では無いように思えた。
 「あの、なんでこんな時に車で?」
 「子供が生まれるんですよ!」
 間髪入れずに男は僕の方を振り返って怒鳴った。
 そして後部座席を覗き込み、妻らしき女性と何やら話していた。

 僕は何も言えず、その場に立ち竦んでいた。
 ここから一番近い地下街の入り口は、B地区の2番。
 小降りになってきたとはいえ、この流星の雨の中を歩いていけるはずもない。
 「ちくしょう!」
 男は動かなくなったエアカーを拳で何度も殴った。へこんだ車体に赤い跡が残る。
 僕は膝が震えだし、視線も思考もぐちゃぐちゃになっていた。

 ――僕にならできる――
 ギュッと目を瞑り、大きく息を吸い込む。たしかエアスクーターにロープが入っているはずだ。
 「旦那さん、浮遊はまだ出来るんですか?」
 僕の声は震えている。
 「え、ええ。磁力は生きています」
 「じゃあ、僕のスクーターで牽引します」
 「し、しかし」
 「早く乗って! 一刻を争う時でしょう!」
 今度は僕が怒鳴る番だ。男は涙を拭って運転席に乗り込んだ。
 B地区2番入り口まで、およそ10分。流星が1つも当たらない可能性はほとんど0だろう。
 しかし、一度覚悟を決めると、膝の震えは止まっていた。
 「うおおおおおおおお!」
 僕はアクセルを全開まで踏み込んだ。

 何度かの被弾で、ミラーはもぎ取られ、ライトは砕け散った。しかし僕はまだ生きている。
 エンジンにも何発か食らっているはずだが、このおんぼろスクーターは僕の覚悟を察知してくれたかのように走ってくれている。
 後ろのエアカーからも鈍い音が鳴り響いている。奥さんは無事だろうか。
 もうすぐ入り口が見えるはずだ。そこまでたどり着けばなんとかなるだろう。
 僕は唇をかみ締め、涙で歪んだ目の前をしっかりと睨みつけた。
 「あと少し、あと少し……」
 ゴンッ!
 大きな流星がエンジンを直撃したようだ。車体が大きく揺らぐ。
 もう目の前に入り口が見えているのに、スクーターのスピードは徐々に落ちていく。
 「がんばれ! がんばれよ!」
 搾り出すような僕の声は、光を放ち降り注ぐ流星の空気を裂く音にかき消された。
 もどかしさで、僕は力任せにドンドンとアクセルを踏みつける。
 「もう少しなんだよ……」

 まるで僕のわずかな呼びかけに反応するかのように、スクーターのスピードが一瞬上がり、僕らはB地区2番の入り口に飛び込んだ。
 スクーターは横倒しになり、僕は地面に投げ出される。
 エアカーからは、男と毛布の包みを持った妻が飛び出し、僕に一礼すると奥に駆け込んでいった。
 僕はその姿を見届けると、仰向けになり、目を瞑る。
 病院まではもう歩いてすぐの距離。子供は助かりそうだ……。
 全身から汗が噴出し、鼓動は過去に無いほど高鳴っている。体全体は、まるで魂が震えているかのように激しく揺れていた。
 誰かの命を救うために自分の命を賭ける。僕にこんなことが出来るとは、夢にも思っていなかった。
 スクーターはもう何の音も発していない。最後の力で僕らをここに運んでくれたんだな。
 「ありがとう……。お前のおかげで間に合ったよ」
 
 無事に生まれるといいな。奥さんも元気そうに走っていたし、心配はないか。
 本当に元気そうに走っていたし。
 お腹なんて全然大きくなかったもんな……

 後日、ピザ屋をクビになった僕の元へ、5匹の子犬の写真が付いたハガキが送られてきた。

 終



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