【 雨に宿る 】
◆Np5nTM7Mnk



203 : ◆Np5nTM7Mnk :2006/07/08(土) 10:21:01.19 ID:D3MzXgGP0
 雨に宿る

 山の天気というものは変わりやすいもので、その日も夜半から急に雨が降ってきた。
 木でできた古い戸は風に震え、ぎいぎいと軋む。
「こりゃあ、嵐になるかもしんねえな」
 騒音に悩まされ、由吉は横になったまま、一人呟いた。
 いくらか時が経ってますます雨風は激しくなった時、外の音に紛れた戸を叩く声がした。
「もし、誰かいらっしゃいますか?」
 高い女性の声がした。由吉はすぐさま飛び起き、戸を開けた。
「こんな夜更けに一人とは、大変だったろうに。狭いけれど、お入んなさい」
 山では見られないような美人は礼を言って由吉の言葉に従った。
 由吉は一人で住んでいるために女性に縁がなかったが、彼女の容姿に目を奪われ色々聞きたいと思った。
「お名前は?」
「露と言います」
「どうしてこんな時間に山へ?」
「この山を越えた先の東尾村に行かなければいけないのです」
「でもこんな天気じゃあなあ。今日は泊まって行きなさい」
 露は細い針のような目を一層細めた。
二人は明け方まで話した。これまでの苦労話、ヒグマを狩ったこと、冬の大雪で家が埋まったこと。
 由吉はいつの間にか眠ってしまっていた。目覚めると雨は止み、露はもういなかった。
ただ、露の座っていた場所に湿った紙があるだけだった。
『お世話になりました。私はもう行かなければいけません。
こんなことしかできなくて申し訳ないのですが、戸を直しておきました。ではさようなら』
 由吉は急いで東尾村へ降りていったが、露という女はついに見つからなかった。
ただ村にはしばらく優しい雨が降り続いたという。

         終



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