【 真っ赤な太陽 】
◆sTg068oL4U




698 名前:真っ赤な太陽(1) ◆sTg068oL4U :2006/06/04(日) 18:29:22.05 ID:Cxi2KePt0
「なあ山田、緑色の夕陽って知ってるか?」
ドリンクバーから戻ってきた山崎が、唐突に言い出した。
「ラジオで聞いたんだけどさ、いろんな気候条件が重なると、稀に緑色の夕陽が見れるんだよ」
「その”いろんな気候条件”を説明しろよ」
嘘くさい話けど本当らしい。グリーンフラッシュと呼ばれる現象で、一緒に見たカップルは
永遠に結ばれるだったかすっごい幸せになるだったか、兎に角特典が付いてくる。
「理系うんちくはどうでもいいんだ、本題はこれからだよ。
ネットで詳細を調べたらさ、太陽について凄い事実にぶち当たったんだ。
いろんな条件が重なると、極々稀に服が透けるんだって」
「それは流石に嘘だ」
冷めたコーヒーに、改めてミルクをいれる。
「いや、緑色の夕陽より更に確率は低いけど、服が透ける可能性はゼロじゃない。
こっちは気候だけじゃなくて、着てる服も関係するからな。夏服みたいな薄くて白い繊維は狙い目らしいぜ」
「狙い目っておい・・・・・・」
数分間寝かせておいたミルクを、今になってかき混ぜる。
「お前ん家の向かいに住んでる春菜ちゃんを尾行しろよ。五十年に一度は透けるかもしれないぞ」
「バ、バカいえ、あの娘はまだ中学生だぞ」
「信じてないんだろ、関係ないじゃん」


699 名前:真っ赤な太陽(2) ◆sTg068oL4U :2006/06/04(日) 18:31:32.36 ID:Cxi2KePt0
――で、なんで俺はこんな時間に家を出たんだ?

制服が夏服に替わる頃、俺も春菜ちゃんが家を出る時間に合わせて、学校へ行くようになった。
春菜ちゃんは都内の私立へ通ってる。俺は一限目に授業のある日でも、こんな時間に家を出ない。
朝早く学校に行ってもすることなんてないのに、工房以来の規則正しい生活を始めた俺は何者だ・・・・・・
「山田さん、おはようございます」
隣近所に朝の挨拶は欠かせない。春菜ちゃんは俺と違って”できる子”なのだ。
駅まで行くのは一緒なので(もっと言えば同じ電車)、自然と尾行みたくなってしまう。

――いい加減服透けねぇかな

そんな日々が暫く続いたが、その日は挨拶だけではなかった。
「山田さん最近早いんですね」
「え、うん・・・・・・ちょっとね」
勿論”都市伝説に望みを賭けて早起きしてます!”とも、”被験者はあなたです!”ともいえない。
「山田さんって、美空ひばり好きなんですか?」
「え?好きというか少し聴くくらいだけど」
俺も普段は若者らしい音楽しか聴かないが、美空ひばりの17回忌とかで頻繁にやってた特番に影響
され、聴くようになった。ジャンルに拘らない音楽マニアと言えばかっこいいが、単なるミーハーだ。
「昨日向かいから『真っ赤な太陽』が聞こえてきて、その・・・・・・
のぞき見するつもりはなかったんですけど、すいません」


700 名前:真っ赤な太陽(最後) ◆sTg068oL4U :2006/06/04(日) 18:32:33.56 ID:Cxi2KePt0
俺の部屋は一階で、クーラーは無い。蒸し暑いと窓を全開にして音楽をかけてることもある。
「いや、近所迷惑な上に醜態を晒してるのは俺の方だから、そんなこと全然いいよ。
それより好きなの、美空ひばり?」
「はい!あの裏声と地声を巧みに使い分ける神業、まさに演歌の女王ですよね!」
同級生相手に話せなかった鬱憤が溜まっていたのだろう、普段の控えめで礼儀正しいイメージから
大きく逸脱し、春菜ちゃんは電車に乗っても美空ひばり論を展開し続けた。
「家にある『不死鳥伝説』のDVD、親父のだけど貸そうか?」
だから別れ際にこう言ったのも下心からではなく、春菜ちゃんの勢いに気圧された結果だった。
「いえ、一つ一つ解説しますから一緒に観ましょう!」
それ以上に春菜ちゃんはどうかしてたが・・・・・・

「それで付き合いだしたの?すご〜い!」
「たまたま話を聞いてくれるひとが他に居なかったのよ」

食卓に座ったまま会話をする春菜と娘。何十年経っても、両親の馴れ初めを聞きたがる娘は不滅だ。
少し離れた所にあるソファーに座り、テレビを観る振りをしつつ聞き耳を立てる父親こと俺、
これも不変みたいだ・・・・・・娘に主役も知らない事件の真相を語るべきか、いや考えるまでもない。
「中学時代の彼氏とそのまま結婚するなんて憧れちゃうな。」
「そんなことより明日から夏服でしょ、もう用意したの?」
「もう出したよ。夏服のスカートって透けちゃうのよね・・・・・・どうしたのお父さん?顔真っ赤だよ」
夏服も昔と変わらないみたいだ。

終わり



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