【 romanesque ou romantique 】
◇vlcCH2A00




2 :No.01 romanesque ou romantique 1/4 ◇ID:vlcCH2A00:08/04/12 18:05:11 ID:BYK3/TgN
     
 太郎は一人で誕生日をむかえる。本日、拍手喝采のすばらしい生誕日。
早朝。じりじりする煩わしい日差しをうけて自分のために考えた。「ああ、太郎よ、甘美な誕生日がやってきたぞ」
カーテンはあけてある。かけふとんをはじき、彼はベッドを後にした。
いつものように水を一飲みして、用を足して、洗面して、着替えを済ませて一休みをする。朝食はない。
彼は特別を期待した。でも太郎のアパルトマンや太郎の備品、それに太郎、それぞれをみても特別はふさわしくない。
特別なんてどこにもない。彼は一人ごちておもむろにマンガを読みはじめる。
小鳥がぽつりぽつりと唄をこぼしつづけ、ページをめくる音が一定の間隔ではねあがる、朝。
太郎はひとりぼっちだ。自身で納得しているし、これはしかたがない。なぜひとりぼっちなのか、それは
だれもかれも汚らしいと考え、エスプレッソの霧のような人々をうれいて、
ついに彼は思い切って他者と一線を引ききった。それは惑星の巨大な断層であった。
もはや自尊心はここにそんざいせず、まるで宝石のようにすっかりこころの中にある。
だが、それでも太郎をまっとうな人間たらしめるものはなにか。それは彼が熱愛するマンガだ。
彼はマンガを読み終えて考えた。「これはインクのにおいが特別だな。絵の発汗だ」
そろそろ仕事の時間がやってきた。マンガをほうりだして立ち上がり、洗面所にむかい鏡をみる。
欠点のないことを確認して、にやりと笑ってみせる。そして玄関に進み、ふりかえって部屋をうつろにみた。
部屋には悲しげにマンガがたくさん散乱している。そのほかに、はだけた衣服や放置された食器が数多くあった。
彼は思った。「さようなら、おれの残した連続する絵たち」
そしてつつましくとびらを開き、玄関を去った。

3 :No.01 romanesque ou romantique 2/4 ◇ID:vlcCH2A00:08/04/12 18:05:38 ID:BYK3/TgN
     
太郎の仕事はこの三階だて、家具付きのアパルトマンを管理人をしている。
このアパルトマンは、「ロマネスク ゥ ロマンティーク」と命名されており、
二十四平米のこじんまりした部屋が各階に三つある。色は灰色。
ただ、好まれる、嫌われるといったものが少なすぎる。太郎はとくに実感していた。
そんなあいまいなアパルトマンでも、人々は意識をむける。住まなくてはいけないからだ。
住まなくてはいけないから、人々はアパルトマンの名前なんてちっとも気にはしていなかった。
今日も日当たり良好だ、太郎はそう思い一階の管理人室にはいった。
管理人室はいつものようにマンガが散乱していた。それも山のように。
フローリングの中央上に、一脚のテーブルとちいさな背もたれイスがある。
出窓はあまり開かれないから、まるで図書館の匂いがする。
陰湿で、病室のような部屋だが熱気をふりまいている。むろん住人たちはなるべく近づくことを避けた。
用事がなければずっと、マンガを読みつつこの部屋で一日をやり過ごす。
彼はたまに考える。「まるでモラトリアムのごとくだ」だがいつもこう結論付ける。
「マンガの人々はモラトリアムなど必要としない。必要とすれば必要とする。基本は必要ではない。
おれの場合と、マンガの場合にどこに違いがあるのか? 結局は連続する絵だ。モラトリアムなんてくそくらえ」
こういうことは決して口にしないのだが、今日に限っては灰色の壁にむかって云ってみた。馬鹿馬鹿しい。
マンガに疲れ立ち上がる。ふと出窓によって、ほこりっぽいふちにもたれかけ外をまじまじと観察する。
いちょうの木と、コンクリの道路と、交通標識と、ぴかぴかの新築一戸建て。
彼は一戸建てを欲しいと思わなかった。なにかいやみで偉そうな態度が気にくわず、だいたい部屋が多すぎる。
だからこの「ロマネスク ゥ ロマンティーク」で充分だった。凝縮されたものが好きなのだ。

4 :No.01 romanesque ou romantique 3/4 ◇ID:vlcCH2A00:08/04/12 18:06:01 ID:BYK3/TgN
嫌悪の眼でじろじろ新築を眺めていると、若い女が出窓の前をすべるように通った。そしてほどなくに、ドアが二回鳴った。
「どうぞ、おはいりください。」ドアの隙間が大きくなったとき、太郎は外の女だと確信した。女は云った。
「こんにちは。あなたとお話したいから、失礼していいかしら。」
「ええどうぞ。イスにおかけ下さい、お嬢さん。」
太郎は彼女を見る。真白のワンピースと真白のスカートを身にまとい、とてもほっそりとしていて、ながい髪は黒々として美しかった。
そして首から銀色の懐中時計をぶら下げている。なぜか妙な親近感がわきあがった。
けれどもはいている靴は紅色がはげて、少し汚れていたので残念だった。
彼女は中立的な表情をして、たっぷりあるマンガをよそに進みイスに腰をかける。とたんに部屋の陰湿さは吹き飛んだ。
「なにもおもてなしができないけれど、許しておくれ。おれの名前は太郎だ。あなたの名前は?」
「そうね。花子とよんでもらおうかしら。」
太郎は出窓をはなれ、彼女の正面の壁によりかかった。そして半ばはにかんで云った。
「あなたはアパルトマンの部屋が借りたいのかね。残念だけど、空室はないよ。」
花子は答えなかった。彼女はテーブルのマンガを両手にとり宙ぶらりんにさせたり、撫で回したりしていた。
一通りさわり終えると、でたらめにページを開き読みはじめた。このでたらめは、意思のないでたらめだった。
それで眼に輝きがなく、さっぱり興味がなさそうで太郎は焦燥して云った。
「おれはあなたみたいな人ははじめてだ。おれのマンガを読む人間はかならず眉間にしわを寄せ、
読まない人間は口元にしわを寄せる。無干渉は美徳だと思っているのかね。どちらかを選択してもらいたいな。」
花子はマンガをテーブルに置き肩をすくめる。そして天上の四灯照明を一瞥しながら云った。
「私は、あなたを説得しにきたのよ。」「説得ってなにをだね。」彼女は太郎の眼を見た。
「あなたに、今の生活をやめて欲しいの。あなたは私が創造した人物よ。そう、つまりね、わたしはマンガ家で、
あなたはマンガの登場人物よ。いいかしら、理解できて? それで、承知してもらわないといけないの。」
彼女は胸にぶらさがった懐中時計の頭のネジを回すと、ちいさな音が鳴り、両手で真っ二つにあけた。
すると錠剤が一粒あらわれた。そしてその小粒を拾い上げテーブルに置いた。針の動かなくなった
懐中時計をもとにもどし、仕事を終えたてまた天上を仰いだ。太郎は錠剤を見て云った。
「この薬はジュースと一緒に飲んでも問題ない? うちの蛇口はひねるとコカ・コーラしかでないんでね。」
花子はクスリともしなかった。「こいつはおれに同情しているな」と太郎はいらいらして思った。
だが、喜びが噴水のごとく湧き上がる。彼の至上の喜びはうつくしい西日をあびながら読むマンガであるのだが、
そんなものをはるかに超えた喜びを実感するくらい特別なのだ。つまり、マンガの一員になりうること。
     

5 :No.01 romanesque ou romantique 4/4 ◇ID:vlcCH2A00:08/04/12 18:10:11 ID:BYK3/TgN
太郎は質問した。「つまり、素晴らしいこととは、マンガと一心同体になることかね。」「ええ、そうよ。」
まるで魔法だ、儀式的だから黒ミサのように衣装を用意するべきだろうか。やはり念のため魔方陣をかくべきだろうか。
からかうように太郎は考えた。フローリングがきしむ。花子は重そうに立ち上がり云った。
「それじゃあ私は失礼するわね。もうすべてまるく収まるわ。」花子はすべるようにドアに向かい、ふりむいた。
「太郎さん、わたしに何か伝えたいことはあるかしら。」
太郎は立ち上がって、壁によりかかってはにかんで云った。
「今日はおれの誕生日なんだ。祝福してくれるかい?」
「それはおめでとう。こころから祝福するわ。あとこのアパルトマンの名前、とっても好きよ。」
彼女は部屋を出た。またひとりぼっちだ。陰湿さが支配しはじめて、彼女の残したバラの香りだけが存在していた。
空気が冷え込みはじめている。太郎は自分の部屋にいた。
だいだい色にかがやく西日は太郎の顔をすきまなく照らし、自身はそんなつもり毛頭ないのに哀愁がただよっていた。
花子の一言一言をぐるぐると頭のなかで循環しつづけるのですこし酔ってしまった。
 わたしはマンガ家で、あなたはマンガの登場人物よ。
散乱した衣服をすべてしまったし、使用済みの食器をシャボンで洗い終わり、さっぱりしている。
部屋の中心を大量のマンガで囲み、入り口を考慮して囲み終えたら、マンガの世界に入る。
まるで巨大なかまくらのようだ。しかしかまくらとの相違点を一つあげると、入り口の有無であった。
ここにあるのはマッチと灯油、熱愛するマンガ、そして夢のつまった小粒の錠剤。彼にこの世界に未練は一片もない。
太郎はカーペット上の自分の背をゆうに超えるマンガの数々をみて、それぞれの物語を回想しようと考えてみる。
しかし神経が無意識に緊張してしまい、とても無理だった。「やはり恐怖だ」と彼は思った。
やはり花子の一言一言を使わなければならず、さらに気分を悪くしてしまった。
 それはおめでとう。こころから祝福するわ。
あとこのアパルトマンの名前、とっても好きよ。
太郎自身のぐるりのマンガに思う存分灯油を撒き散らす。かまくらの中は灯油の匂いだけになった。
彼は眼を閉じて、こんどはアパルトマンの名前のことを考えてみる。
情熱的と空想的。彼にとってそれは果てのない悩み、そしてまさに人間たらしめるものだ。
マッチを持つ手は震えていた。彼は大声で云った。
「おれはマンガが好きだ! それでなによりも好きなものは、人々の信頼だ! そして人々はみな正しいことを言う、
おれはそんな懐疑心の必要ないパラダイスに行くのだ!」
かわいた笑い声の中、マッチは落とされた。すべては地獄の灼熱に変わった。
     

6 :No.01 romanesque ou romantique 5/5 ◇ID:vlcCH2A00:08/04/12 18:10:41 ID:BYK3/TgN
     
・編集長の辛口評価!
 ロマネスク ゥ ロマンティーク 作者 フラワーガール さん
 点数 三点

くだらないタイトルにいらいらさせられるのが、まず第一印象。
マンガにフランス語なんておしゃれをするのはいいけど、意味がつたわらない!
ストーリーは幼稚で、キャラクターも印象にのこらず、非常に残念です。
ただ、一つだけ注目したのが終局の、精神障害者の太郎が焼死するシーンだ。
なにか怨念がこもっている気がする。霊感の強い編集長もびっくりだ。
すさまじい狂気だったから読んだ日のお風呂はこわかったよ(笑)評価せざるを得ない才能です。
あなた、ダークホラーに転向したらどうですか。





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