【 幸福な王子 】
グリム風カルパッチョ◆zsc5U.7zok




2 :No.01 幸福な王子 グリム風カルパッチョ 1/5 ◇zsc5U.7zok:08/03/22 12:06:38 ID:TS6zeWT2
 天国にて。幼い天使たちを集めて神様が問いかけます。
「天使たちよ。この世で最も美しいものは何だと思うかね?」
 天使たちは、口々に答えます
「ダイヤ!」「金!」「サファイヤ!」
 彼らの口からはさまざまな価値のある物の名前が飛び出しました。
 しかし、神様はそれらを聞いて大変悲しそうな顔をします
「天使たちよ。それは大きな間違いだ。ダイヤやサファイヤがこの世で最も美しいはずがないのだよ」
 そう言うと、天使たちに昔話を語って聞かせるのです。

 昔、とある国に欲深くて残酷な王様がいました。王様は、国中からお金をまきあげ、自分に逆らおうとする者は捕まえて
牢屋に入れたり、死刑にしたりしました。
 また、気に入った女は力ずくでも自分のものにし、仕事もせずに遊びまわるなど、国民はみな王様を心の底から憎んでい
ました。
 ある時、その王様に男の子が生まれます。普通ならば、王様は自分の子供に興味なんてありませんでしたが、その王子は
なんとも奇妙な姿形をしていたのです。
 皮膚と髪が黄金、目はサファイヤ、流れる血は固まるとルビーになり、歯は真珠、全身のいたるところが宝で出来ていました。
「何とも親孝行な息子よ。こいつがいれば、巨万の富を手に入れたに等しいのだから」
 王様はそう言って、幼い王子を見ながら笑うのです。
 母親は、幼い王子の未来を心配し、なんとかお城の外に逃がそうとしました。こんな所にいたら、その体目当てにいつ殺
されるかわからないのですから。
 しかし、王様はそれを許さず、二人を捕らえると母親を殺して王子をお城の一番奥の部屋に閉じ込めてしまったのです。
「ふん、欲張りめ。お前のような愚かな女に王子は渡さぬわ」
 王様は、王子の部屋に外から固く鍵をかけ、何人もの人間にその部屋を見張らせました。
 王子の世話は、自分の従者の中から一人を選び、彼にさせました。その従者の名をスワロといいます。
 スワロは、とても臆病で王様の命令には忠実に従いましたが、根はおとなしく優しい若者でした。
 閉じ込められている王子に同情し、様々な本を持ってきてあげたり、外のお話をしてあげたりしました。
 窓一つ無い部屋から出ることの出来ない王子にとって、スワロの持ってくる本とお話だけが、外を知るための方法でした。
 
 ある時、王子はスワロに言います。

3 :No.01 幸福な王子 グリム風カルパッチョ 2/5 ◇zsc5U.7zok:08/03/22 12:06:55 ID:TS6zeWT2
「ねぇスワロ。僕は一度でいいから外の世界を見てみたいんだ。どうにかして、ここから出られないだろうか?」
 スワロは王子の願いを何とか叶えてあげたいと思いましたが、それでもあの恐ろしい王様に逆らう勇気は持てません。迷
った挙句、王子に答えました。
「すみません王子。私にはそのお願いをきいてさしあげることは出来ません。王様に殺されてしまいますよ」
 それを聞いた王子は、ただ悲しそうな顔をして、俯くのでした。
 
 しばらくして、王様が好き勝手をし過ぎたせいで、お城にお金がなくなってしまいました。国民からもすでに取りすぎる
くらい取り上げていましたから、これ以上しぼり取ることは出来ません。
「ふむ。こうなったら仕方がない。もともと、そのために飼ってやっていたわけだしな」
 王様は、スワロを呼びつけると、王子の体から血を抜いてそれを売り払うように命じました。
 スワロは悩みます。
「王様は怖いけれど、あんなに可哀想な王子の体を傷付けて、それを金にかえるなんて……」
 考えた挙句、スワロは王子に相談しました。
 すると王子は優しくスワロの肩を叩いたのです。
「そうか。父様がそうしろと言ったのなら、仕方がないよ。どうせ、いつかはこうなるのは分っていたんだしね」
 王子はスワロに少し寂しそうに微笑みかけると、自分の体から血を抜くように言いました。
「ごめんなさい、王子。いけないことだとは分ってるんです。でも王様には逆らえないんです」
 スワロは王子の体から血を抜く間、ずっと涙を流して謝り続けました。
 
 抜いた血が固まって美しいルビーに変わる頃、血を抜かれてぐったりしながら王子はスワロに言いました。
「一つだけお願いがあるんだ。僕の体から出たこの血のルビーを、父様のせいで苦しんでいる民に少しでいいから分けてあ
げて欲しい。ほんの少しでも彼らの助けになってあげたいんだ」
 王子は、王様の……自分の父親のやっていることを止められないのが悲しい、とスワロの手を握ります。
「これだけのルビーだ。少しくらい分けてあげたからといって、父様は気付かないだろう。そして、この手紙を彼らに渡し
て欲しい。僕から民へのメッセージだ。どうだい? 僕の頼みを聞いてくれないか?」
 スワロはそれを聞いて、泣きながら頷きました。
「はい、分りました。王子のことも必ず伝えます」
 スワロはそのルビーを二つに分けて、片方はお金にして王様に、もう片方は町の皆に届けたのです。
「これは王子から民への贈り物だ。これだけのルビーがあれば、生活に困る者達の何人かも助かるだろう」

4 :No.01 幸福な王子 グリム風カルパッチョ 3/5 ◇zsc5U.7zok:08/03/22 12:07:09 ID:TS6zeWT2
 それを受け取った人々は、王子の優しさにとても感謝したのでした。
「王子に『ありがとうございます』とお伝えください」

 半分とはいえ、王子の体から出たルビーは大金となりました。王様はそれを受け取ると大変満足そうに笑います。
「はっはっは! 全く役に立つ息子だ。父がほめていたと伝えてやれ!」
 王様はその金で、再び好き勝手なこと始めます。
 スワロはその愚かな王様の姿に、やりきれないものを感じながら王子の下に帰るのでした。
 
 それからというもの、王様はさらに自分勝手に遊びまわるようになりました。何しろ、お金が無くなれば王子の血や肌を
売ればいいわけですから、その酷さはどんどん増していきました。
 勿論、王子はその度に血を抜かれ、時には肌をはがされたり、髪の毛を抜かれたりしたのです。
 それはいつもスワロが行いました。王子が苦しそうに声を上げると、スワロの心はきつく締め付けられました。
「じゃあ、スワロ。今回もよろしく頼むよ。出来れば、お城の兵士達にも分けてやって欲しい。彼らもまた、父様に振り回
されているのだから」
 王子は自分の一部を奪われるたび、そうしてその一部を民に配るようにスワロに命じました。
 スワロの罪悪感は、こうして王子の体を民に届けるときだけは消えてくれる気がしていたのです。王子の優しさに触れた
民の笑顔だけが、スワロの心を慰めてくれるのでした。
 
 そうしているうちに、王様の無駄遣いがとうとう限界を超えてしまいました。王子の血や肌や髪では、払いきれないほど
の借金を抱えてしまったのです。
 仕方なく、王様はスワロに命じます。
「王子を殺して、体中を切り売りするのだ。目や骨や心臓も売れば、今までとは比べ物にならない金になるだろう」
 スワロはそれを聞いて絶望しました。王子を傷付けるだけでも嫌なのに、その上殺すことなんて出来ないと。
 スワロは王子の下へ行って事情を説明します。
「王子。王様は貴方を殺して体中を売り払えとおっしゃっています。でも、私にはそんな残酷なことは出来ません。今日に
でも、荷物をまとめてこの国を出て行くつもりです」
 スワロは膝をついて涙を流しました。
 すると、王子はとても怖い顔をして言ったのです。
「ダメだ、スワロ。逃げるなんて許さない。君がいなくなったら僕はどうなるんだい? 多分、すぐさま別の奴にバラバラ
にされ、その体は今度こそ民の物にはならず、全て父様の物となるだろう。そんなことが許せるわけがない」

5 :No.01 幸福な王子 グリム風カルパッチョ 4/5 ◇zsc5U.7zok:08/03/22 12:07:25 ID:TS6zeWT2
 王子は、スワロの手を掴むと、その手に短剣を握らせました。
「どうしてもと言うのなら、まず君のその手で僕を殺せ。そうでなければ行かせない。君が僕の体の一部を民に分けてやっ
ていたことを父様にバラしてもいいんだよ?」
 スワロは顔を真っ青にして、王子と短剣を交互に見つめます。優しかった王子の顔は、今では信じられないほど、それは
父である王様によく似た恐ろしいものに見えました。
「僕を殺したら、いつものように民へと分けてやるのを忘れないでくれよ? そうだな……心臓がいいだろう。それを渡し
てやってくれ。それが僕から君への最後の願いだ。それをやり遂げたなら、この地獄のような国から出て行けばいい。勿論、
僕の体の一部を旅費に使ってもかまわないよ」
 スワロは王子の言葉を聞くと、震える手で短剣を振り上げます。
「うわああああああああああああああああああっ!」
 
 スワロは王子の体から心臓を取り出しました。それは信じられないほど大きく美しいダイヤで出来ていました。スワロは
それを抱えると、民の下へと運んだのです。
「これが、今回の王子からの贈り物だ」
 広場には、今まで以上に多くの者達が集まっていました。そして、その中心にいるスワロの顔は、下を向き全てに疲れ果
て怯えきっていました。
 しばらくして、王子の心臓を受け取った町の人々の中から、どうしたことか次第に悲鳴と泣き声が聞こえ始めました。
「そ、そんな!」
「手紙に書いてあった通りだ!」
「おお、神よ……何故あんなに優しい王子がこのような目に……」
 スワロは顔を上げて、これを不思議そうに見つめます。
「な、何故だ? 王子が死んだことは、まだ誰も知らないはずなのに」
 何が起こっているのか分からないスワロ。
 一体どれくらいの時間が経ったでしょうか。そのうち、民の中から一人の男が進み出ました。
「王子は亡くなられた。あの優しい王子は、最後まで我らのことを思っていてくださったのだ。この上は、手紙にあった通
り、あの残虐な王を打ち倒し王子の願いを果たす時だ!」
 その声に、合わせるかのように、町中からオーッという掛け声が上がります。
 そして、彼らの目が一斉にスワロの方を見たのです。その目には明らかな怒りが込められていました。
「王の前に、まずお前からだスワロ! 王子の優しさに触れながら、王にこびへつらう弱虫め! 王子は心の底からお前の
ことを憎んでいらっしゃったのだ!」

6 :No.01 幸福な王子 グリム風カルパッチョ 5/5 ◇zsc5U.7zok:08/03/22 12:07:40 ID:TS6zeWT2
「い、一体どういうことなんです!? 私は王子のご命令に従っただけです!」
 スワロが言うと、民の一人がスワロに何かを投げつけました。
「王子が我々にあてた手紙だ! よく読んで、自分のやってきたことを思い出すがいい」
 スワロは言われた通り、恐る恐るその手紙に目を通します。するとそこには、信じられないことが書いてあったのです。

 我が親愛なる民よ。私は残虐なる王にこの体をむしられて、貴方達に会うことさえなく死ぬことになるだろう。すまない。
王の行いを止めることの出来ない無力な王子を許して欲しい。
 ただ、だからといって私も黙って殺されるようなことはしない。私は王の忠実なる僕であるスワロを騙し、この手紙とい
くらかのルビーを貴方達に届けることに成功しているはずだ。それを使って力を蓄え、いつの日か愚かな王を倒して欲しい
のだ。勿論、これだけでは不十分だろうから、これから先何度かこうして貴方達に宝石を届けさせる。
 だからお願いだ。私の仇をとってくれ。スワロがルビーに塗れた巨大なダイヤを貴方達の元に運んできた時、私はまさに
スワロによって殺されていることと思う。勿論王の命令によってだ。
 頼む。愛する民よ。愚かなる王とその僕に鉄槌を。

 スワロはこの手紙を読んで愕然としました。
「王子は……私を……」
 人々が取り囲み怒りを向ける中で、その中心にいる男は静かに空を見上げました。
 呆然とする彼にとって、その首にまさに振り下ろされようとしている斧のことなど、最早どうでもよくなっていたのです。

 その日、愚かなる王は倒され、国に平穏な時が訪れました。王子の体は荒れ果てた国の復興に使われたのです。王子も心
からそれを望んでいたことでしょう。
 民は、国と民を救った王子を称え、国全体が見渡せる広場の中心に王子の像を建てました。
 その像は、国に幸せをもたらして欲しいという祈りを込めて、『幸福の王子』と呼ばれたということです。

 神様の話が終わると、天使たちは皆悲しそうに泣いていました。
 そして、それを見てから神様は懐からある物を取り出します。それは王子の心臓であったダイヤでした。
 神様はそれを陽にかざすと、まぶしそうに目を細めます。
 ダイヤは、陽の光を吸い込むとそれを世界中に振り注ぐかのように、美しく輝いていました。

 オスカー・ワイルドに尊敬と愛をこめて  了



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