【 さる神父の書記 】
◆rblr2obzOE




80 :時間外No.03 さる神父の書記 1/4 ◇rblr2obzOE:08/03/11 18:57:21 ID:8c7giJXm
 生きる意味について考えたことはあるだろうか、それは何のために自分が生まれ
るべくして生まれたのかということ、言い換えるならば何をなすべくして生まれた
のかということである。
 それに気づくために神は、多くの苦難を私に与えられた。それは悪魔とせめぎあ
いでもあり、私の唯一無二な心がどちらの陣営に屈するかという過程でもあった。
一つだけいえることは、神はやさしくはない、残酷である。悪魔のもつそれよりさ
らに冷酷だ。しかし、その全ては、私たち人間というちっぽけな精神には計り知れ
ぬ"善"という目的のためであると私は信じる。例えそれがどれほど常軌を逸するこ
ととなろうとも。
 
 その日私は町外れの廃屋に居た。悪魔祓いを行うためである。もう何度となく繰
り返してきた儀式だ。
「おお、神よ、どうか私に力をください、この儀式をやり遂げる力を私にお与えく
ださい」
 隣の部屋からくぐもった声がする。ぐずぐずはしていられない、そろそろ始めね
ば。
 私は真っ黒な悪魔祓い用の法衣に身を包み、胸で十字を切ると「アーメン」と呟
きながら、隣の部屋へと続くドアをそっと開けた。
 そこには安っぽいスチールで組まれたベットの上に仰向けに寝かされた女がい
る。両手と両足はロープでスチールの骨組み縛りつけられ、口にはガムテープを貼
り付けて、見開いた目をギョロギョロと不安げに動かしている。
 私が部屋に入ってきたことに気づくと、ガムテープ越しに唸り声を上げ、血走っ
た目で私を見た。しばりつけられた両手と両足を振りほどこうともがきだす。
――神よ、私は使命を果たしてみせます。どうか私を見守っていてください。
 心の中で祈り、その女の腹をじっと見た。でっぷりとはちきれんまでに膨らんだ
腹、間違いなく子供が宿っている。そう悪魔の子が宿っている。女の哀れな姿をし
げしげと見ていると、私の瞳から涙が自然と零れ落ちる。ああ、何てひどい、こん
な事が許されるのでしょうか。
「大丈夫。すぐに終わる」
 私はそう言うと、そっと女の額にかかった髪をなで上げた。すると女も私の気持

81 :時間外No.03 さる神父の書記 2/4 ◇rblr2obzOE:08/03/11 18:57:44 ID:8c7giJXm
ちが分かるのか、同じように涙を流した。
「どうか神よ、迷える子羊に大いなる愛と慈悲を――」
 そう呟き、私は右手を握り締めると大きく振り上げた、そして懇親の力を込めて
振り下ろす。悪魔のいる女の腹へと。
 女の体が、縛り付けられた手足を支点にはじけたよう飛び上がる。ガムテープご
しに女の口からぐぐもった悲鳴が漏れ、手足をばたつかせる。目玉が零れ落ちそう
なほど見開かれ、その視線が私を射抜く。
「去れ! 悪魔よ! 神の名において命ずる!」
 私はいっそう語尾を強めると、一心不乱に女の腹を強打する。女の体が叩かれる
ごとに跳ね上がる。がっちりと石のように握り締めた私のこぶしごしに、悪魔の感
触が伝わってくる。もがきくるしむその姿が脳裏に浮かぶ。
 何十分が経過しただろう、今や女は大人しくなり、部屋全体に生臭い血の匂いが
立ち込めている。女の下半身から血がどくどくと流れていた。
「何という強力な穢れだ……」
 荒い呼吸をなんとか落ち着けようと、何度か深呼吸する。女の穢れた血のにおい
が鼻腔を通り、私の胸を満たす。めまいを覚えそうになりながら、何とか呼吸を落
ち着け女を見る。
 ベットにしばりつけられた女の下半身は真っ赤に染まり、その血がベットに染み
出し、ポタポタと床に染み落ちている。鼻から首筋に血が流れ落ち、女の目は力な
く私をみつめている。私は無償に悲しくなり、そっと女の口にはりつけられたガム
テープを剥がした。悪魔祓いのルールの一つに「悪魔と話すことを禁じる」の一文
があるのだが、何故か私はその時、禁を破った。
 女はか細い声でうわ言のように何か囁いていた、私は女の頭をなでながらそっと
女の口元へと耳を寄せた。
「あ…あ…かちゃん…わ、私の……あかちゃ……」
 女はそう呟いていた。女が悪魔の子を宿った運命と、この儀式での苦痛を思うと
哀れであった。もっとはやく私と出会っていれば、命は助かったかも知れぬと思う
とやりきれなかった。
 私はそっと女の体に手を回すと、血で法衣が汚れるのも気にせず、女の体を抱き
しめた。

82 :時間外No.03 さる神父の書記 3/4 ◇rblr2obzOE:08/03/11 18:57:56 ID:8c7giJXm
「……もう終わる。もう終わるよ」
 それでも救わねばならない、唯一女を救えるのは私だけなのだ。
 使命感に燃える私は、テーブルの上に用意しておいたナイフを手に取った。
「汝ら神に帰服して悪魔に逆らえ、さらば悪魔は汝らより退くべし」
 女への最後の祈りを唱えると、私は女の腹へと深々とナイフを刺しいれた。
それから真っ直ぐ引き裂く。女の体がびくっと跳ね上がり、くぐもった嘔吐のよう
な声と血がもれ、腹から血があふれ出し、体はびくびくと痙攣した。私は女の避け
た腹へと両手を差し入れてまさぐる、そうして悪魔の子の頭らしきものを捕まえる
とずるりと引き出した。女はもう一度痙攣して、それから動かなくなった。
 両手でつかみ出した悪魔の子を、テーブルに寝かせ、女とつながるへその緒をナ
イフで切り離すと、わずかな血が滴り落ちた。
 悪魔の子は死んでいるように思える、しかし悪魔自体はその仮宿を失おうと死に
はしないことを私には分かっている。
 私は手早くナイフをもつと、ナイフを振り下ろし悪魔の子の胸を刺し貫いた。そ
して胸から下半身まで一気に切り裂く。悪魔が好むのは心臓である。そこに悪魔は
宿るのだ。そしてそれを清めれるのは私の体をもってやるほかない。
 私はナイフを使い小さな心臓を切り出した。
「神よ、どうか悪に負けぬ力をください、どうか悪に打ち勝てる力をお授けくださ
い」
 祈りを捧げ十時を切ると、私は悪魔を自分の口へ放り込んだ。
 口いっぱいに広がる穢れた血の味、胃が口から出てこようとうねりながら競りあ
がってくる。頭が割れるように痛む。それでも私は租借を続ける。
 そして、両手こぶしを握り締め、体全身に広がる悪魔の力に負けまいと、私は獣
のように咆哮する。そしてついに私はそれを飲み込んだ。悪魔に勝ったのだ。

83 :時間外No.03 さる神父の書記 4/4 ◇rblr2obzOE:08/03/11 18:58:16 ID:8c7giJXm
「ひどいもんですよ」
 若い男がそう呟いた。
 小さなオフィスにタバコの煙がゆらゆらとこもっている。
 二人の男がテーブルを挟んで向かい合いながら座っていた。
「まったくだだな……」
 そう言うと、話しかけられた年配の男が手にしていた手帳のようなものをテーブ
ルに置いた。表紙には「使命」と大きく書かれている。
 本日、ついに連続快楽殺人犯「黒服の神父」とあだ名された容疑者を逮捕したの
だ。「黒服の神父」によって殺された被害者は、警察の調べだけでも両手の指の数
をはるかに越える。実際これから出てくるだろう、未解決事件も含めればさらに足
の指を足してもたらないだろう。
 年配の男は思った、事件が解決したとしても、この捜査にかかわったもの全ての
人生に暗い影を落とすだろうと。それほどひどい事件だった。妊婦をターゲットに
次々と殺人をくりかえし、暴行の末ナイフで腹を割き、胎児を摘出してはその心臓
を食っていたのである。どんな作り話よりも恐ろしい現実のできごとである。
「神は残酷であるか……」
 男は改めて思う、まったく神は残酷だ、この仕事をやってきて何十年となるが、
異常者ってやつに嫌でも出会う、そいつらが本当に同じように神の祝福のもと生ま
れてきたといえるのだろうか。
「警部は神を信じてるんですか?」
 若い男は不思議そうに尋ねた。
「くそくらえだ」
 そう言われて若い男と、警部と呼ばれた男はにやりと笑い合った。



BACK−ある青年の話◆c3VBi.yFnU  |  INDEXへ  |