【 妹カタログ 】
◆SQz7i/pht2




60 :No.15 妹カタログ 1/5 ◇SQz7i/pht2:08/03/09 23:48:04 ID:UJ1xGysT
「ただいまー」
 玄関から母さんの声がして、俺は慌てて玄関へ向かう。
 そろそろお腹の子供が男の子か女の子かわかると今朝言っていたからだ。
 玄関では、ここ数週間で急に大きくなってきたお腹を重そうに、大切そうに座った母さんが靴を脱いでいた。
「ねえ! どっちだった!」
 母さんはいきなりの質問に苦笑して、でも嬉しそうに「女の子だって」と言った。
「そうかー。女の子かー。妹かー。俺に妹かー」
 そんなことを呟きながら、俺は玄関から離れ、自分の部屋に向かう。母さんが怪訝な目で見ていたような気もするけど、
気にしないことにする。
 部屋に入り、ドアを閉めた瞬間に俺の喜びは爆発した。グッとガッツポーズに万歳三唱。ベッドの上で飛び跳ね一人胴上
げに、この日のために準備していたクラッカーを鳴らす。
 妹が。ついに俺に妹が出来る。そう考えるとニヤニヤが止まらない。
 妹。ああ、なんていい響きだろう。無邪気に笑う妹。ぷぅと頬を膨らませ可愛く怒る妹。頭をなでてやると目を細めくす
ぐったそうにする妹。うっかり俺の着替え中に部屋に来てしまい顔を真っ赤にして照れる妹。そして俺に甘えてくる妹。
 そんな俺の夢がついに叶うのだ。両親の食事に精力増強剤や古今東西の媚薬を盛ったかいがあったというものだ。
「ねえ、なにか騒がしいけど、どうしたの?」
 不意に母さんの声がドア越しに聞こえてきて、俺は妄想の世界から現実へと呼び戻される。
「いや、別になんでもないよ」
 さすがにクラッカーはやりすぎだったかもしれない。
「そう? ならいいんだけど。少し静かにしてね」
「わかった」
 母さんがドアから離れる気配がして、俺はふぅと一息つく。それでも喜びは抑えられるはずもなく、俺の顔がすぐにまた
ニヤニヤ笑いを浮かべていることが、自分でもわかる。
 ああ。妹。早く生まれないかな。

 その日の夜。興奮のあまり中々寝付けなかった。しばらくしてやっと睡魔が襲ってきた。その睡魔に身を任せてうとうと
していると、不意にフラッシュのような光が部屋を襲う。
 驚いてベッドから体を起こすと、狭い部屋の中央に光の塊があった。
 その光は徐々に人の形になっていき、それと同時に光は静かに消えていった。
 光が消え、代わりに現れたのは女の人だった。長く美しい金髪。純白の衣を纏い、彼女の肌も純白の衣に負けないくらい

61 :No.15 妹カタログ 2/5 ◇SQz7i/pht2:08/03/09 23:48:17 ID:UJ1xGysT
白く美しかった。
 突然の事態に呆然としていると、女の人が微笑み、口を開いた。
「私は妹のめぎゃ……女神」
 噛んだ。
「……迷子?」
 女神と名乗った女の人は確かに綺麗だった。でも圧倒的に身長が足りていなかった。顔立ちもどこか幼い。纏った衣もだ
ぼだぼで、気を抜くと肩からずり落ちてしまいそうだ。要するに幼女だった。
「女神! め・が・み! 迷子じゃないです!」
「うん。そうだね。女神だね。で、その女神ちゃんがなんのようかなー?」
 俺が女神だと認めたことに満足したのか、女神はゴホンとわざとらしく咳払いをし、「あなたはとっても妹のことが好き
なよーなので、私! 妹の女神がこれから生まれてくる妹が、どんな妹がいいか選ばせてあげます!」と、女神の威厳がま
ったくこもっていない口調で女神は言い、えへんと無い胸をはった。
「わーすごい」
「そうです。すごいんです」
 棒読みの歓声にもえへんと無い胸をはる女神。きっとちょっと頭がかわいそうな子供なのだろう。
少し付き合って、相手が満足したら警察に電話しよう。
「じゃあツンデレの妹が欲しいって言ったら、その通りになるの?」
「ツンデレの妹ですね。そんなのおやすいごよーですよ! えい!」
 女神が人差し指で俺をビシスと指差し、一声かけると、急に意識がブラックアウトした。

「お兄ちゃん! 私のプリン食べたでしょ!」
 気がつくと、俺の目の前にツインテールが可愛らしい女の子が立っていた。
 妹だ。なぜか俺は初めて見るその子を『妹』と認識している。実際、その子も俺を『お兄ちゃん』と呼んでいた。
ひょっとして、あの幼女は本当に妹の女神なのだろうか。
「ちょっと聞いてるの。お兄ちゃん!」
「聞いてるって。俺、プリンなんか食ってないよ」
 なぜかそう言わなければならないような気がして、俺はそう言った。
「嘘! 絶対お兄ちゃんが食べたに決まってるもん!」
「だから食ってないって」
「もうお兄ちゃんの嘘つき! だいっ嫌い!」

62 :No.15 妹カタログ 3/5 ◇SQz7i/pht2:08/03/09 23:48:37 ID:UJ1xGysT
 妹はそう言って部屋を出て行ってしまった。
 どうしたもんか。妹もこの不思議な空間もどうにかしないと。とりあえずなにか飲んで落ち着こう。
 台所へ行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。飲んでいるとふとゴミ箱が目に付いた。
ゴミ箱の中にはプリンの空と思われるゴミが捨ててあった。きっと妹が食べてそのことを忘れてしまったのだろう。
「あっ」
 俺がその空を摘んで見ていると、俺の後ろから声がした。振り向くと妹が顔を真っ赤にして立っていた。
 俺がなにか言う前に妹はダッシュで逃げるようにどこかへ行ってしまった。

 なぜか知っていた妹の部屋をノックし、返事を待たずに部屋に入る。
「か、勝手に入ってこないでよね」
 妹も自分の勘違いに気付いているらしく、先ほどまでの勢いはない。
 俺は無言で持っていたコンビニのビニール袋を妹に差し出す。
「なに……これ?」
 不思議そうな顔で袋と俺の顔を交互に見ている妹に、またも無言で袋を押し付ける。妹は袋を受け取り中を覗き込む。
「あっ、プリンだ……。お兄ちゃん、これって」
「勝手に食べて悪かったな。それはそのお詫び」
 もちろん俺はプリンなど食べていない。けどきっとこうするのが一番丸く収まる方法なのだ。
「それだけだから。本当にごめんな」
 俺が部屋を出ようとしたとき、妹が不意に俺の袖を掴み「ま、待って」と呼び止めてきた。
「あの、その、えっと……ご、ごめんね。……それと、あ、ありがと」
 怒っているときは違う様子で顔を真っ赤に染めて、妹はそう言った。

「こんな感じでどうでしょー」
 いきなり女神の声がして、気付くと俺は自分の部屋に戻ってきていた。
「あれ。さっきのって……」
「でーすーかーらー、ツンデレ妹ですよー」
「マジでお前が見せてくれたの? 本当にお前って妹の女神なの?」
「もちろんなのです。最初からそう言ってるじゃないですかー」
「うおー! マジか! マジなのか! じゃあさ、今度は素直クール妹見せてよ!」
「そんなのおやすいごよーです。えいっ!」

63 :No.15 妹カタログ 4/5 ◇SQz7i/pht2:08/03/09 23:49:21 ID:UJ1xGysT
 女神の掛け声と共に、俺の意識はまた暗闇へと落ちた。

「今日、クラスの男子に告白されてしまいました」
 夕焼けに染まる道を、腰まで伸びた艶やかな黒髪を揺らす妹と歩いていた。
「それでどうしたの?」
「もちろん断りました」
「なんで? 彼氏とか欲しくないの?」
 妹は少し、ほんの少しだけ困惑を顔に浮かべて俺を見つめる。俺は気恥ずかしくなって、妹を見ないように歩き続ける。
「兄さんは私に恋人が出来て欲しいのですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど。ただ勿体無いなーと思って。きっと楽しいこと一杯あるよ」
「楽しいこと?」
「そうだなー。彼氏と一緒に登下校するとか買い物行くとか。まあデートだね。それで手なんか握ったりして」
「手、ですか……。それなら――」
 そう言うと妹はいきなり俺の手を握ってきた。驚いて妹を見ると妹は優しく微笑んでいた。
「私は今、兄さんと手を繋いで歩くのが楽しいです。今はこれで十分です」

「こんなんでましたけどー」
「おお! いいよいいよー! じゃあさ、次はさ――」

 それから女神に色々な妹を見せてもらった。
 甘えんぼな妹は、ホラー映画を見た後、「一人で寝るの怖いから、お兄ちゃん。一緒に寝て」と俺のベッドにもぐりこん
できた。そして「お兄ちゃんの匂いがする……」と言って俺に抱きついたまま眠りについた。
 ボーイッシュな妹は、「アーニキ! そんな部屋にずっと篭ってると体に悪いよ! 一緒に走りに行こうよ!」と俺を誘
い出した。公園を走っている最中、俺が他の女の子を見ていると、急に立ち止まり、妹は涙目になって「アニキも、やっぱ
り僕みたいな男みたいな女の子より、女の子らしい子が好きなの?」と聞いてきた。俺は「そんなことないよ。お前は今の
お前のままが一番だよ」と言って頭をなで、慰めてあげた。

「次は俺にデレデレでドジっ娘の妹見せてよ!」
「まだ見るんですか。まったく欲張りさんですねー。えいっ!」

64 :No.15 妹カタログ 5/5 ◇SQz7i/pht2:08/03/09 23:52:44 ID:UJ1xGysT
「クッキー焦げちゃった……。せっかくお兄ちゃんのために焼いたのに」
 妹が泣きそうな顔で持ってきたクッキーは本当に真っ黒だった。俺はそれをひとつ摘み、口に放り込む。
「うん。おいしいよ」
「嘘。そんなことあるわけないもん。だってあんなに焦げてたんだよ。おいしいわけ――」
 俺は妹の唇にそっと指をあて、言葉を途切れさせる。
「バカだな。お前が作ったものなら、なんでもおいしいに決まってるじゃないか」
「お兄ちゃん……大好き!」
 妹が俺の胸に飛び込んでくる。俺もそれをしっかりと受け止める。
「私本当にお兄ちゃんのこと好き。大きくなったらお兄ちゃんと結婚する。お兄ちゃん、私のことお嫁さんにしてくれる?」
「え……それは――」

「ふえ? なんで途中で戻ってきたんです?」
 俺はバカだ。なんで、今までこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。
「まあいいです。それでどんな妹にするか決めましたか?」
 俺は女神の言葉にただ首を横に振って答えることしか出来ない。
「じゃあまだ他の妹見るですか?」
 もう一度、俺は首を横に振る。女神は不思議そうに首をかしげている。
「あのさ。妹ってどんなに俺好みでも、どんなに好きでも、決して結ばれないんだよな?」
「まあだいたい、そんな感じですね」
「どんなに好きでも、好き合っていても絶対に結ばれない。誰からも祝福されない。だから妹なんて……」
「だがそれがいい。それが妹というものです。あなたはおバカさんです。あなたに圧倒的に足りていないもの。それは覚悟
です」
「覚悟?」
「そうです。あなたに足りない覚悟。それは――」

 朝。目覚めると頬に変な感触がある。どうやら寝ながら泣いていたらしい。頬に涙の痕が残っているのがわかる。
 女神は最後に俺に足りない覚悟を言って、消えた。俺はまだその覚悟を持てるかどうかわからない。いつか俺にも持てる
だろうか。俺が生まれてくる妹を愛すればおのずと生まれてくるものなのかもしれない。今までは机上の愛だった。でもこ
れから違う。本物の妹を。生まれてくるただ一人の妹を俺が愛せばいいのだ。
 女神が最後に言った言葉。俺に足りなかった覚悟。それは――妹を嫁にする覚悟。ただそれだけだった。     終



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