【 Dearest friend 】
◆IPIieSiFsA




3 :No.01 Dearest friend (お題:嘘) 1/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/01 01:11:43 ID:0LAAlJpp
「……だから、別れよう」
 最終的にその言葉を突きつけられて私が抱いた感情は、哀しみでも怒りでも戸惑いでもなく、『またか』という諦めに似
たものだった。
 これで何度目だろう。片手で足りなくなってからは数えるのを止めたが、そろそろ両手で足りないと思う。
「わかった。いままでありがとう」
 そう答えた私は、笑顔を浮かべられているはず。偽りではなく、少なからず感謝はしている。一時とはいえ、私を好きで
いてくれたから。
「じゃあ、元気で」
 今はもう元彼は、財布から取り出した千円札をテーブルに置いて店を出て行った。
 私は、手をつけていなかったコーヒーを一気に飲み干し、カバンから取り出した携帯電話のメモリーを呼び出した。

「私のどこが物足りないんだー!」
 ここにはいない彼らに向かって怒鳴る。
「うるさい。静かにしろ」
 おう? 対面に座ってる氷山が蹴りを入れてきた。なので私も蹴り返す。
「これが静かにしてらりるかっ! ん? 酒がないぞー!」
「はい」
 左隣に座る加奈が新しい缶ビールを手渡してくれる。
「さんきゅー加奈」 
 ぐいっと呷る。ぷはー。ウマいぜ。
「そろそろやめといた方がいいんじゃないの?」
 右隣の春香が私のことを心配してくれる。可愛いやつ。
「どうせ強くないんだから、さっさと潰したらいいんだよ」
 氷山。お前はホントにしつれーなヤツだな。
「そういう事。あたし達を呼び出して飲んでる時点で、この子は酔いつぶれるつもりなんだから」
 その通りだ加奈ちゃん。伊達に付き合い長くないね。
「愛してるよー」
「はいはい。あたしも愛してるわ」
 むー。なんか投げやりだな。
「氷山ー。あんたの事も一応、愛してるぞー」

4 :No.01 Dearest friend (お題:嘘) 2/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/01 01:11:54 ID:0LAAlJpp
「黙って飲んでろ酔っ払い」
「春香ー。氷山が冷たいよー」
 私が春香に救いを求めて抱きつくと、彼女は頭を撫でてくれた。ああ、優しいなー。
「大丈夫ですよー。氷山君、こういう時は優しくしてあげなくちゃ駄目だよ。陽子ちゃんは振られて傷付いてるんだから」
 うう、春香。その言葉が一番傷つくよ。
「何度目だと思ってんだ。いい加減、放っとけばいいんだよ。振られる度に俺たちを呼び出しやがって。というか、人の彼
女に抱きついてんじゃねえ」
「うるさいバーカ」
 私は春香を抱きしめる腕にさらに力を込める。
「六回目。お酒を飲んでない回を含めたら、九回目。次の時は盛大に祝ってあげた方がいいかもね」
「それもいいな。なんといっても記念の十回目だしな」
 だが氷山と加奈はそんな事お構い無しに、二人で勝手な事を言っている。
「そんな事言ったら、陽子ちゃんが可哀相だよ」
 うーん。さすが春香。優しいなー。すりすりしちゃおう。
「ひゃっ!」
「離れろって言ってるだろうが、このバカ野郎」
 あうっ。氷山のバカが私を蹴ったうえで、春香を引き剥がす。あー春香ー。
「いいからあんたは飲んでなさい」
 目の前に新しいビールが置かれる。
 私は一気に飲み干した。
「ぶぉはっ!!」
 無理だった。
「うわっ!!」
「「きゃっ」」
 三人が悲鳴を上げる。
「何しやがるこの野郎!」
 ビールまみれの氷山が怒鳴る。
「うっさいバーカ。ビールまみれで怒鳴っても怖くなんかないよーだ。あははははは」
 べろべろベー。
「このガキ……!」

5 :No.01 Dearest friend (お題:嘘) 3/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/01 01:12:05 ID:0LAAlJpp
 氷山が立ち上がったら顔にタオルが飛んできた。
「何すん……」
「顔、拭いたら?」
 おお、イッツクール。さすが加奈。
 甲斐甲斐しくテーブルを拭く春香ちゃん。キミはイイお嫁さんになるよ。うんうん。
「はははははは、はー……」
 楽しいねー。楽しい……。あー、ね、むい……。私はそのまま後ろに寝転んだ。
「ったく、やりたい放題だな」
「こんな時はその方がいいよ。変に溜め込むと、よくないもん」
「まあ、この子がこんな風に好き勝手できるのって、あたし達だけだからね」
「……ふん。そんなんだから、いっつも振られるんだよ」
「やっぱりそうなのかな?」
「コイツ、基本的に外では『物静かで大人っぽい女』を演じてるからな。男といる時もそんな感じなんだろ、どうせ」
「本当の陽子ちゃんは、とっても可愛らしいのにね」
 髪を撫でられる。気持ちいい。
「仮面をつけてたって、いつかは無理が出てくるからな」
「そうは言っても、その仮面をつけたこの子に惹かれてくる男ばかりだからね。仕方ない話だわ」
「だから、最初から肩の力を抜いて素の自分でいろって事だろ」
「それだったら、誰かと付き合っても上手くいきそうだよね」
「……どうかしらね。それでも、長くは続かないとは思うけど」
「どういうこと?」
「…………」
 わかってる。わか、って……るよ。で……も――――――。

 氷山と私。小学校で出会ったときから何をするにも一緒で。誰に恥らうことなく親友と呼ひあえる、そんな私たちで。
 中学生になって加奈と仲良くなって。三人で色々と遊んだり、無茶をして怒られたり。楽しく遊ぶ、私たちは親友で。
 高校は氷山だけ別になって、一緒に遊ぶ回数は減ってきて。誰かと付き合いだして。でもそれでも、私たちは親友で。
 大学生になって春香と出会って、女の子三人で遊ぶようになって。誰かに振られて。でもやっぱり、私たちは親友で。
 そのうち、春香の彼氏を紹介されて。それが実は氷山で。加奈と二人で二人をからかって。だから、私たちは親友で。

6 :No.01 Dearest friend (お題:嘘) 4/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/01 01:12:16 ID:0LAAlJpp
          
 ――夢を見ていた。小さい頃の私たち。大きくなった私たち。親友の私たち。
「俺も行くよ」
「ううん、大丈夫。氷山君は寝てて」
「そうか? じゃあ、気をつけてな」
「うん。行ってきます」
 玄関が開いて、閉まる音がした。
「……春香、どこ行ったの?」
 身体を起こしながら尋ねる。コタツで寝たからか、関節が痛い。
「ん? ああ、朝メシ買いに行った」
 氷山は答えて立ち上がる。
「?」
「お前もいるか? コーヒー」
 ラックからコーヒーの瓶を取り出して、カップに入れている。誰がこの家の主だ。
「いる。濃い目で」
 私の分もカップにコーヒーを入れてくれる。けど、それはお客用で、アンタが使ってるのが私のだ。
 ポットからお湯を注いで戻ってくる。
「熱いぞ」
「ありがとう」
 カップを両手で受け取り、冷めるように息を吹きかける。
「相変わらず猫舌か」
 軽い笑みを見せながらコーヒーをすする氷山。
「しょうがないでしょ。苦手なもんは苦手なんだから」
 ふーふーと息を吹きかける。
 そういえば、と思い出して加奈を見る。寝てるみたいだった。
「ああ、起きたらコイツにも淹れてやるよ」
 会話が止まる。

7 :No.01 Dearest friend (お題:嘘) 5/5 ◇IPIieSiFsA:08/03/01 01:12:26 ID:0LAAlJpp
 氷山がコーヒーをすする音と、私が息を吹きかける音だけが耳に届く。
 氷山は窓から外を眺めている。私も外を見る。
「ねえ、氷山?」
「うん?」
「私ね、あなたの事が好き」
 窓には水滴がついていて、全く外は見えなかった。
「嘘だけどね」
 氷山を見る。
 氷山もこっちを見る。
「……知ってるよ。だって俺も好きだから」
 氷山がカップをテーブルに置く。
「嘘だけどな」
 私もカップをテーブルに置いて、少しだけ身を乗り出す。
「うん。私も知ってる」
 氷山も少しだけ身を乗り出してくる。
「嘘つきだな」
「嘘つきだね」
 私たちは、ほんの少しだけ、唇を触れ合わせる。
「……哀しいキスね」
 呟くようなその声は、愁いを帯びている。
 彼女の言うとおり『親友』とのキスは、とても哀しくて、切なくて、少し苦かった。
                       ―完―



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