【 凍らない雪 】
◆A9epGInhJg




2 :No.1 凍らない雪 ◇A9epGInhJg:08/01/12 01:04:14 ID:Vme+Ills
「いいかい? 六郎、旅にでるとき一番気をつけることは身の安全だ」
 しわがれた老人の声が、暖炉の火がはぜる音とともに室内に響く。
「はい、お爺様。しかしどのような危険があるというのでしょう」
 今度は成人したてのような若い男の声だ。どうやら彼はこれから旅にでるのかもしれない。お爺様が質問に答える。
「それを一つ一つ教えるのはお前の旅の楽しみを奪うことになる。
それに危険な物はそこら中にある。何が危険と決め付けてはかえって危険を増やすことになるのだ」
 六郎は要領を得ないといった顔をする。
「片方を危険と決め付けては、もう片方に安心してしまうかもしれない。
しかし、そうだな……この地方では雪に気をつけなさい」
「雪、ですか? あのどこにでもある?」
 六郎はさらに困惑した表情をうかべる。無理もないかもしれない。六郎にとって雪とは年中一緒に遊んでいる友達のようなものだ。
 しかしお爺様は言う。
「雪を舐めてはいかんぞ。この村では安全かもしれんが、雪は色々に姿を変える。
危険はどこにでもある事を忘れてはならん」
 お爺様の話を聞き六郎は不安げに唾を飲み込んだ。しかし目には好奇心とも対抗心ともとれる、やる気に満ちていた。
――唐突に鐘のような音が鳴る
「そろそろ出発じゃな。最後にこれを持って行きなさい」
 そう言ってお爺様は親指くらいの大きさの小さい包みを渡した。
「これは?」
「お守りじゃ。過信してはいかんが常に持っているといい」
 最後に別れの言葉と餞別の言葉を交わし、六郎はお守りを受け取り荷物を抱えて旅に出た。

 晴れた雪道を六郎が歩いている。旅に出てから三年が経ち、六郎は一度自分の村へ戻ろうとしていた。
「今のところ大した危険もなかったし、良い旅だった」
 六郎はそんな独り言をもらす。次の村でまた補給してさらに数日歩けば自分の村へ帰れる。
「もう随分歩いたな。あと少しで次の村につくはず」
 目の前に見える丘を登り眼下を見ると
 村が壊滅していた。

3 :No.1 凍らない雪 2/5 ◇A9epGInhJg:08/01/12 01:06:29 ID:Vme+Ills
 六郎は目の前の光景が信じられないといった様子で息をのむ。立ち尽くしているうちに、いつのまにか雪が降り出していた。
 急いで村へ向かう。
 このあたりに他に村はない。
 その村で食料を得れなければ旅が終わってしまう。
 旅だけではなく命も。
 息を切らしながらもう村とは呼べない場所にたどり着いた。
 家だったものは巨大な氷柱に破壊され、そこらじゅうに人の形をした氷像が在る。
「生きてる人はいないのか!?」
 必死に辺りを走り探し回る。――いた。一人いた。
「おいここで何があったんだ?」
 振り返ったソレは六郎がみとれるほどの美少女だった。しかし服装がおかしい。
 この雪景色の中、衣一枚ほどしか着ていない。六郎はソレの雰囲気に背筋を凍らせる。
「お前は……」
「人間。いい男。欲しい。手に入れる」
 ソレが何か言っている。無機質で冷たい声だ。
 ソレが近づいてくる。
「く、来るなっ」
 六郎は逃げ出したかった、しかし恐怖で動けない。
 ソレが雪を右手からはき出した。そこら中に在った氷像にされてしまうのかもしれない。
 目を瞑る。ポケットに入っていたお守りが熱くなるのを感じる。十数秒ほどたった。
「何故。人間。凍らない」
 ソレが言う。六郎は目を開けるが体には何も変化がない。ソレは酷く動揺しているようだ。
 六郎は何か尋ねようと声をかけようとする。しかし、ソレはどこかに飛び去っていってしまった。
 いつのまにか空は暗く、雪が吹雪いていた――。

 どうして彼は凍らなかったんだろう。いままでは欲しい男がいたら凍らせて魂を手に入れてきた。
 しかし、今度の彼は手に入らない。こんな事は初めてだ、いらいらする。

4 :No.1 凍らない雪 3/5 ◇A9epGInhJg:08/01/12 01:07:21 ID:Vme+Ills
 雪女としての力が使えない。人間の彼は今何をしているだろうか。人間? 人間があの吹雪の中大丈夫だろうか。
 私が全て凍らせてしまったあの村に一人で。気になる、しかし会った所でどうするのか。
 人間とほとんど話したことがない。私の話す言葉は上手いとはいえない。
 彼は酷く恐怖していた。あの村の人間も皆恐怖していた。
 恐怖した人間を凍らせて魂を奪う。これでいままで満足していた。けれど、手に入らない今思い直すとそれは一時の満足だったのかもしれない。
 外は心地よく吹雪いている。こうして悩んでいる間にも彼は……。
 あの村へ戻ってみよう。

 六郎が倒れている。辺りは降り積もる雪によってさらに白く染まっていく。
 六郎の体が頭以外雪に埋った所でソレが現れる。ソレはどうやら雪女だったようだ。
 悲しそうな表情でで雪女は言う。
「男。倒れている。しっかりして」
 六郎を抱え荷物と共に空へ飛ぶ雪女。六郎の体はぴくりとも動かず酷く冷え切っている。
 雪女が向かっている先は洞窟のようだ。
 吹雪いてる雪を気持ちよさそうにうけながら、けれど六郎を心配し物凄い速さで空を飛んでいく。
 洞窟にたどり着いた。雪女はすぐに六郎の荷物を開き火を起こそうとする。
「火。でも雪山。大丈夫なはず。これくらいの火。ここでの私は弱らない」
 火が苦手なはずの雪女だが、なんなく火を起こす。そして、六郎の体についた雪を払い六郎の体を火に近づける。

 数時間ほどたっただろうか。温かくなった洞窟の中で六郎は目を覚ました。
「ここは?」
 六郎には見慣れぬ場所。自然と出た声に別の声が重なる
「大丈夫?」
 声のしたほうへ目を向けるとあのときのソレがいた。
「な、お前は何故ここにいる? ここはどこだ? お前は何者だ? 村をどうした?」
 恐怖からか矢継ぎ早に質問を投げかける。
「もうすこし。ゆっくり。喋って」
 どうやら相手は言葉があまり得意ではないらしい。まず、聞いた。

5 :No.1 凍らない雪 4/5 ◇A9epGInhJg:08/01/12 01:09:14 ID:Vme+Ills
「お前は何者だ?」
 今度は伝わったようだ。
「私。この辺り一帯。雪の化身。雪女」
「ここはどこだ?」
「洞窟。あの村から数キロ先の」
「何故ここへつれてきた?」
「死にそうだった。それにあなたの事。気になる」
 六郎は言葉に詰まる。目の前の美少女にそんな事を言われたらそうなってしまう。
 しかし相手は雪女だと言う。それにあの村を壊滅させたのも。
 恐怖が再び心を支配する。
「村をどうした?」
「欲しい物。手に入れるため。ああした」
 冷たく言い放った。しかし表情はどこか悲しげで、言葉の通りの非情さがあるようには見えなかった。
「すぐにもとの場所に帰してくれ」
「無理。あなたの体。自分が思ってるより、弱ってる。危険」
 帰してくれる気はまだないようだが、心配してのことらしい。
 恐怖が少し和らぎ旅人として好奇心が勝り始めた。
「しょうがない。ここに居るよ」と言うと
「よかった」
 雪女は微笑むのだった。

 洞窟にて雪女との奇妙な同棲が始まってはや一週間。
 食事は雪女がウサギ等を獲ってきてくれた。雪女のくせに火が起こせたり、人間と居るのを喜んだり変な奴である。
 言葉も大分ましになってきた。一週間もたてば色々な事を話した。
 名前も聞いた、雪音というらしい。
 俺としても結構楽しかった。体は治っていたけどもっと一緒にいたいと思い始めていた。
 もし雪音が良かったら自分の村で一緒に暮らせるかもしれない。

6 :No.1 凍らない雪 5/5 ◇A9epGInhJg:08/01/12 01:09:52 ID:Vme+Ills
 楽しい。いままで何も話さず凍らせてきたから、人間と居る事がこうも楽しい事だとは思わなかった。
 彼は旅で見てきた色々な話をしてくれた。魂を無理やり手に入れて一時の満足を得るよりも、
 楽しい状態が長く続く今の状態のほうが良かったと気づいた。でも彼の体調は既に良好だ。
 いまにも出て行ってしまうかもしれない。
 そうなる前に言っておきたかった。

「あのさ、雪音」
 六郎が何か言いかける。それを聞いた雪音は、出て行くのかと思い慌てて言葉をかぶせた。
「駄目。ずっと一緒がいい。あなたの事愛してる」
 雪音は震えながらしかしはっきりと言った。
 六郎は驚いた。こちらが言おうとしていた事を先に言われたようだった。
 言われた言葉を聞き間違いじゃないかと思い返し、言った。
「俺もだ」

  了



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