【 光の世界 】
◆faMW5pWHzU




2 :No.01 光の世界 1/4 ◇faMW5pWHzU:07/08/04 17:41:49 ID:X+qekR/v
 ある日突然、世界は光に包まれた。
 人々はまわりの風景がじょじょに白く塗りつぶされていくのを見ていることしかできなかった。
 なにしろそれほどすさまじい光だったので、どこの誰もが世界の終わりを予感した。
 しかし世界はそ知らぬ顔で、いくら待っても何も変わることはなかった。
 ひとつき、ふたつき、みつきと過ぎて、人々は世界がどうやらまだなくならないことを知った。
 それでも人々は、あの『世界が光に包まれた日』をけして忘れることはなかった。
 いや、忘れようにも忘れられなかったというべきか。
 なぜならあの瞬間から、光はそのまま世界に残っているからだ。
 そう、文字通り光はそのまま残っていた。つまりどこもかしこも目をまともにあけていられないような状況、あの
光がふくれあがった時のまま。なぜだかわからないが、この光はいつまでたっても消えることはなかったのだ。
 光がぜんぜん消える気配のないことに人々が気づいたとき、とうぜん世界中は大混乱におちいった。
 だって本当にすごい光だったのだから。なにしろサングラスをしてやっと物の形が大まかにわかるくらいなのだ。
人々がとまどったのもやむなしといえる。
 科学者たちがいくら研究しても、光の起こった原因および光が消えない原理はついに何ひとつわからなかった。
 彼らは原因を突き止められなかったことによって、世間の混乱がさらに広がるのではないかと怯えた。
 けれど彼らの心配は杞憂となった。人間というものの良いところはどんな環境にもすぐに慣れるところであって、
さすがといおうか光の世界にもじきに皆慣れてしまった。人類は『光の日』以前の平穏を取り戻したのだ。
 だが何もかもが元通りとはいかなかったらしく、ちょっとばかり世界のルールは変わってしまったようだった。
 かつて人間は、ほぼすべてのことを見た目で判断していた。あれはおいしそうだとか、これはかわいいだとか、そ
れはきもちわるいだとか。
 しかし今のなにもかもまっ白な世界では、そんな価値観はとっくにすたれてしまっていた。
 たとえば街を歩いてかわいい女の子に声をかけたいとしよう。でも、街ゆく人々の顔の見分けなんかつかない。か
ろうじて背格好や髪型がわかるだけで、性別さえもはっきりとはわからない。
 だから目的をはたすためには、とにかく手当たりしだいに話しかけてみるしかない。なるべく小さくて髪の長い人
影に。でもたまに間違えて男に話しかけちゃったりなんかして。そして首尾よく女の子に話しかけられたとして、そ
の子がかわいいか否かはだれにもわからない。声やしぐさで判断するしかないのだ。
 とにかく外見なんてものは今や糞の役にもたたないものになっていた。
 そういうわけで自動的に肌や髪や瞳の色なんかを気にする人もいなくなり、人種差別の問題もろもろもきれいさ
っぱりなくなった。ああ素晴らしきかな光の世界。 こうして世界中の人々はいつまでも仲良く暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。

3 :No.01 光の世界 2/4 ◇faMW5pWHzU:07/08/04 17:42:18 ID:X+qekR/v
「――――こうして、乱れた世界をなげいた神はわれわれに贈り物をあたえたもうたのです。まばゆいばかりの光は
みるみるうちに世界を包みこみ、すべてを浄化せしめました――――」
「はい、そこまで。座っていいですよ」
 俺がそう言ってやると、坊主頭の男の子は教科書を机に置いてから椅子を寄せて着席した。
 それと同時にスピーカーからチャイムの音が鳴る。それを聞き、とたんに騒ぎ出す子供達。
「はい、じゃあ終わります……」
 聞いちゃいないだろうが、俺は教師としての業務をまっとうするため授業の終了を告げた。
 そして教材をまとめ、戸を開けて騒々しい教室をあとにする。
 「…………神、ね」
 ぽつりとつぶやいた。
 俺はミッション系小学校の一教師であり、授業ではつねづね神の尊さを子供達に説いている。
 だが、俺自身が神を信じているかといえば……微妙なところだ。
 別に神の存在自体は信じてやってもいい。しかしその神とやらが性格のいい奴だとは、どうも思えないのだ。
 職員室に入り、自分の席に着いた。教材を机に置いて安普請の椅子に座る。
 慌しい職員室の空気の中で次の授業の準備をてきぱきと進め、全てが整ったら教材を抱えてまた席を立つ。すぐに
次の授業が始まるのだ。のんびりとしてはいられない。
 職員室を出て、再び受け持ちのクラスへと向かう。
 教室の戸を開けると、何やら数人が一人の子を囲んでいるのが目に入った。
「おい、どうした」
 俺が声をかけると子供達はぱっと散開し、中心にいた一人が取り残された。
「……ううっ、ぐすっ……うああぅ、ぐぅっ……」
 そこには、先ほどの授業で最後に本読みをさせた(自信はないが)坊主頭の男の子がいた。
 泣いていた。学校規定の防光用ゴーグルを外して。
「どうしたんだ? 何があった?」
 泣いている男の子を取り巻くようにしている、周りの子らを見回して聞く。
 すると、何人かから返事があった。
「だってさ、そいつ……なんかきもちわりーんだもん」
「そうそう、なんかくせえしさー」
「しょーがねーじゃん、そいつがくせーんだから」

4 :No.01 光の世界 3/4 ◇faMW5pWHzU:07/08/04 17:42:51 ID:X+qekR/v
 詳細はわからないが、つまり彼らがこの子をいじめたということか。
 彼の体臭が気に入らない、そんな理由で。
 泣き続ける男の子をあやしながら、俺は思った。
 もしも神がいるのならば、この世界は非常に危ういに違いない。
 少し考えればわかる。この世界に溢れる光を神が与えたものだとして、その動機はなんだ?
 外見による差別をなくそうとした? 神が人間を太古の昔から見守り続けてきたのなら、そんなことくらいで差別
がなくなる訳がないことなんて、先刻ご承知のはずだ。そんなこともわからなかったのなら、神はとてつもない愚か
者ということになる。
 それともただの興味本位で? そんな理由で世界をこんなにしてしまう奴が神だなんて寒気がする。
 神のお考えは矮小な人間には理解できない? そんな何考えてるかわからんような奴に、世界を見守ってなんて欲
しくない。
 つまり、どんなお考えで神様が世界に尊い光をお与えになりなさったのだろうと、そいつはろくな奴じゃないって
ことだ。
 俺は泣き声の響き続ける教室で、静かに神を呪った。
 そしてふと気づく。
 神がどんな理由で世界をこんなふうにしたのかは俺の知ったことじゃあないが、どんな理由であろうと。
 もしかして………これで終わりな訳がないんじゃあないのか?
 にわかに、子供達が騒ぎ出した。
「ねえ、なんかへんなにおいしないー?」
「うん、するー。なんかくさいー」
 俺の鼻腔にもその匂いは届いていた。甘いような、苦いような、酸っぱいような。最高級のフルーツのようでもあ
り、馬の糞のようでもあり、また栗の花のようでもあった。それは今まで嗅いだことのない匂いだった。
 匂いはどんどん濃くなっていき、教室はざわめきに包まれた。
「窓開けろ! 窓!」
 俺は叫んだ。だが俺が指示するまでもなく、窓際にいた子たちはとっくに窓を開け放っていた。
 しかしそれでも得体の知れない匂いはまったく収まることなく、むしろさらに濃くなり続けた。
 どうやら匂いはこの教室だけに広がっているのではないようで、他の教室の窓からも子供達が顔を出しているのが
見えた。
 教室は今や阿鼻叫喚の様相を呈していた。皆が鼻を摘まみ、叫んでいる。吐いてしまう子もいた。
 恐らくこの校舎中のどの教室も同じような状況だろう。いや、あるいは町中、国中、世界中が?

5 :No.01 光の世界 4/4 ◇faMW5pWHzU:07/08/04 17:43:17 ID:X+qekR/v
 床に撒き散らされた吐瀉物を見て、俺にも思わず吐き気が襲った。
 ああ神よ。もしも願いが叶うのならば、あなたの顔に向かって思い切りこの胃の中のものをぶちまけてやりたい。
 俺はそう思いながら、目の前の坊主頭に向かって思い切り嘔吐した。
(了)



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