【 私の頭の中の 】
◆MKvNnzhtUI




2 :No.01 私の頭の中の 1/3 ◇MKvNnzhtUI:07/06/09 00:32:44 ID:Ws78kRK+
会議室には、3人の男女がいた。それぞれが、画一的な会議椅子に座り、背もたれに体重をかけ、ぼんやりと天井を見ていた。
「電灯がいやに暗いじゃないか。」とAが呟いた。なるほど先ほどに比べると電灯は明らかに暗くなったようである。
ところどころに暗い影が滲み、ゆらゆらと幽霊のような断続的な光を発していた。
「仕方がないでしょう、今は食事中なのですから。」Bが身を起こしながら答えた。「会議室に電気が回らないのは当然でしょう。」
「なんてこった、もう食事どきか。」Aは驚き背もたれから起き上がった。会議室に掛かった時計は午後九時を指していた。
Aはそれを見るとひどく狼狽したようだった。「もう食事時なのか。」
Cも大儀そうに身を起こした。「まったく、どうしようもありませんね……残り二時間ですか。」
肩を軽く回し、机の上ですっかりぬるくなってしまったコーヒーを啜った。
「ほんとうに、どうしようもないね、馬鹿げてるよ……けれども、今回ばかりは、投稿しないといけないだろうよ、前回があのザマじゃね。」
「前回は、以前の投稿に気おされてしまって、結局、ろくにプロットすら考えられなかったのですからね。」
「ああ、まったくもって残念だったさ……」
「だから今度こそはなるべく早めに投稿しないといけないってのに、テーマがあれじゃあね……」Cはため息をついた。
「そんなことを言ってみても、何にもならないでしょう!」Bが机を叩きつけて叫んだ。二人はびくりとしてBを見た。
「あと二時間のあいだに、何としても書き上げさせなくてはならないのですから、いくら会議が閉塞的だからって、
そんな愚痴を言ってみたって、どうにもならないでしょう――少しは、生産的なことを、しようじゃないですか。」
「そうは言うがね……」Aは何か言いたいことがあるようだった。
しかし、Bのあまりの気迫に、ぶつぶつとばつが悪そうに小言を言うにとどめた。
「今回のテーマは大変難儀なものです、けれども、こんな所で諦めても仕方がないじゃないですか。」
「そうですね、もう一度、テーマに即した議論をしてみましょうか。」Cはそう言って、コーヒーを一息で喉に押し込んだ。
「それじゃあ何を追求、してみましょうかね……」また肩を回す。
「私が先ほど考えたんですが……」Bは雄弁に提案した。
「ここは思い切って、文学的な追求をしてみるのはどうでしょうか?」「文学的だって?」
「存在だとか、思考だとかの、観念的で、抽象的なことを、不条理を交えつつ描けば、
品評会への初投稿としては申し分のないものになるでしょう、それこそ、初の品評会参加で、優勝だって、狙えるかもしれません。」
「なるほど、そいつは名案だ……」Aが、にくにくしく横から返答した。
「だがね、彼の語彙と表現力で、はたして、そんな内容が書けるだろうかね……ほら、初めて投稿したときの批評を見てくれよ……」そういってAは、ノートパソコンを取り出した。
「初めての投稿は、たしか一週間前だったね……こいつだ、これを見てくれよ。」二人はノートパソコンの画面を見た。「検索結果」と表示されていた。
「これは何ですか?」Bが質問した。「『彼』の記憶、一週間前のものだ。」
「なるほど、散々な酷評がされていたようだ……読み手をまるで意識していない、か。まったくもってそのとおりだろうね。」

3 :No.01 私の頭の中の 2/3 ◇MKvNnzhtUI:07/06/09 00:33:10 ID:Ws78kRK+

「でも、これはお題にも責任があるのではないでしょうか?こんなお題では、ろくなものは書けなかったと思うのですが。」
「お題のせいにするのは、マナー違反だよ……これは、明らかに『彼』の責任さ。げんに『彼』もこの後しばらく、ワープロソフトを立ち上げるたびに、苦しんでいるようじゃないか。
もっと、軽いものにしたほうが、いいだろうね。」
「それじゃあ、恋愛について、深く追求してみるのはどうでしょうか。」今度は、Cが提案した。なるほど、プレイボーイの彼が真っ先に考え付くであろう内容だ。
「恋愛について追求する投稿者はたくさんいるでしょうから、あまり目立たずに済むでしょう。
そのため目立った酷評もされず、『彼』にとっては自信のつくいい機会となるんじゃないですか。」「しかし」Bがすかさず異論を唱えた。
「恋愛経験の乏しい『彼』に果たして恋愛の追及など出来るでしょうか?それこそ、不細工で、もてないということが露呈して、生きる気力さえもなくしてしまうんじゃあないでしょうか。」
「そうかな?べつだん、恋愛経験なんて無くても、想像力さえあれば、いい作品は書けると思うのですが。」
「そんなことはないでしょう――リアリティというものが、根本から違います。すぐに、分かってしまいますよ。」
三人は再び黙り込んだ。それぞれの考えが、それぞれの中で、ぐるぐると渦を巻きながら、混迷していた。
電灯はまた明るくなったようだった。「どうやら、食事が終わって、パソコンの前に立ったようですね。この部屋に、電気が回されている。」
「馬鹿なものさ……何も決まっていないのに、書ける訳がないじゃないか。」「いい加減議論をまとめてしまわないと、また『彼』は自己嫌悪に陥るでしょうね。」
「しかし、どうすればいいのだろうね。そもそもにおいて、人生経験の少ない『彼』が、小説を書こうということが、間違っているよ。」
そのとき、会議室を強い横揺れが襲った。横揺れは机を倒し、書類をぶちまけ、コーヒーを散らし、3人を瞬く間に転倒させた。
ホワイトボードがひれ伏していたBに直撃し、Bは地面にがくりとへたりこんだ。轟音が響き渡り、3人は地面にへばりついて沈黙した。横揺れは数分続いたあと、突如止まった。
「いったい、何があったというんだ?」Aが、横転した机のそばから、ゆっくりと立ち上がった。背広は、コーヒーによってこげ茶色に染まっている。
「おそらく、『彼』が頭を机に打ち付けたのでしょうね……」Cも、よろよろと立ち上がった。額から、鮮血が垂れている。
「このようすじゃ、『彼』は相当狼狽しているようですね。」「おい、B君、大丈夫かい?」Bは、机に右足を挟まれていた。金具に挟まれた部分が、赤くうっ血している。
「少し、引っ張りあげてもらえないでしょうか。」AとCは、Bの右手を持つと、会議椅子と机の山から彼女を引っ張り出した。
「もう、駄目かもしれないね。」Cがぼそりと呟いた。「これじゃあ、他の部屋も相当な被害を受けているだろうな。ぜんぶ、私たちのせいさ……」
重く、湿った空気が、部屋の中に立ち込めた。3人は、ただただ俯き、瓦礫の山にもたれかかった。Cは狂ったように這い回り、叫び始めた。
「ああ、何故だ、何故だ!僕たちは限界まで思考したんだ、そうだ、『彼』が悪いんだ、才能も無いのに、小説を書こうだなんて!愚かしい、愚の骨頂さ!
馬鹿げてる!もうたくさんだ!ああ、もういやだ!たくさんだ――」「待って!」Bが叫んだ。Cは突然の叫びに思わず黙りこくった。
「そうよ、思考を追求すればいいんだわ。」「おい、それはどういうことかね?」くたびれ果てたAが怪訝そうな顔で質問する。
「思考を追求なんて、いったいどうするっていうんだい?そもそもにおいて、私たち自身が、『彼』の思考そのものじゃないか……」
「だから、私たちの行動を、そのまま作品にしてしまえばいいんです。
『人間の思考は、電気信号と、化学反応に過ぎない――そのメカニズムを究極まで追求した作品。』ということにすればいいんです。」
「それは、この会議録を、そのまま流用すれば、いいということだね。」「そうなりますね。」「ああ!」Cは突然起き上がった。

4 :No.01 私の頭の中の 3/3 ◇MKvNnzhtUI:07/06/09 00:33:35 ID:Ws78kRK+
「そうと決まれば、すぐにでも実行しようじゃないか!」突然立ち上がったため呆気にとられた二人を尻目に、Cは早口で語り始めた。
「すぐに、運動統制室と、思考課に報告をしよう。最大限まで『手』と『指』を活用して、早く書き上げさせてしまおう。
それから僕は、感情制御室に行ってくるよ、コネがあるから、『彼』の感情をこっそりと高ぶらせてしまおう。なに、許可なんていらないさ、緊急事態なんだから!」
そう言ってCは、瓦礫の山をかき分け廊下へと飛び出していった。「私たちも、急がなくてはいけませんね。」
二人も、服に付いたゴミを払い落とすと、ドアに向かって、颯爽と駆け出していった。



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