【 とりこ 】
◆lxU5zXAveU




2 :No.01 とりこ 1/3 ◇lxU5zXAveU:07/04/28 00:23:01 ID:/nU5q1z9
 名前を呼ばれて、シロは椅子からはねあがった。木の廊下をつま先で走り、
まろびながら止まる。半開きの襖の向こうには、姉と兄がいた。
「……はだし」
 アオは長い髪を背中に垂らした姿で、振り返りもせずにひとこと放った。
「寒くないもん」
「女の子は冷えると辛いよ。シロもそのうち分かるから」
「ランニングとパンツ一丁でお出ましか。親父のようだな」
「どうせ着替えるから、脱いでおいたの。それにこれはショートパンツという
んです。パンツ一丁はお兄じゃない」
 俺はいいの、とアカは持っていたひと揃いをアオに渡す。アオは所々に打っ
てある待針を確かめて、畳に置いた。
「明はこれでいいよ。シロもいらっしゃい」
「はーい」
 シロは両腕を広げて、アオの前に立った。ひんやりした綿をアオが纏わせる。
襟と肩、袖を引いて体に沿わせながら、待針を打っていく。たまに肌に触れる
指が温かい。
「腕、降ろして」
 アオの長い睫毛を見つめながら、シロは息を小さくした。
 桜色の指先が襟をたどり、もういちど肩を確かめ、前身ごろをなおしていく。
シロの背筋に力が入った。

3 :No.01 とりこ 2/3 ◇lxU5zXAveU:07/04/28 00:23:21 ID:/nU5q1z9
 ふと手が止まり、アオが微笑んだ。
「ここは少し、きつくなるかも」
 ほの白い顔で笑う姉を見ながら、シロは瞬いた。力が抜けて、肺から息が抜け
ていった。弾力をもって張りつめていた布が、ゆったりと空気を含む。
「……ま、期待しといてくださいな」
「着ていくときは、下着を忘れないでね」
 すばやく仮縫いをしたアオが、再びシロにシャツを着せる。スカートの裾をつ
まんで、アオに振り返った。
「どうかな?」
「んー……」
 アカは漫画ごしに目を眇めて、シロを眺めた。
「膝と踵が赤い。もっと短めが好みだけど、見て楽しい足でもなし」
「お兄の好みはどうでもいいんです」
 シロはプリーツをつまんで、自分の膝を覗きこんだ。紺色の襞には、白い糸が
かかっている。大切なプリーツが乱れないように、これは登校日に切るつもりだ
った。
 化粧台の前に立って、前から、後ろから映してみる。寝癖を直した。足が涼しい。
 アオは畳にあったひと揃いを直して、アカに着せた。


4 :No.01 とりこ 3/3 ◇lxU5zXAveU:07/04/28 14:46:39 ID:/nU5q1z9
「ぴったりでしょ? 明は伸びてるから、次は買い直さないとね」
「いつも助かります。葵さん」
「アオさんは、自分の制服を直したの?」
 私は直さななくてよかった、とアオは壁にかかっていた制服を取り、体に合わせた。
黒い髪が布地にひとすじ流れた。
「いいなあ。セーラー服きたい。なんでお兄と一緒のとこなんだろう」
「俺こそ不満だ。葵さんの高校は美女ぞろいらしいな。受かりたいなあ」
「明なら受かるよ。勉強がんばんなさい。……できたら、お母さんに見せにいこうね」
 ブレザーをシロに着せ、ボタンをしめてから、アオはアカを呼んで隣に立たせた。
 三人が化粧台の前に並ぶ。
「……もう少しさがれ、シロ」
 二、三、四歩。鏡の中に三人が入った。細くて少し曲がった膝が、プリーツの下から
伸びている。
 急に心細くなって、シロは手を伸ばした。
 右のスカートを掴もうとした指は、柔らかな体温で包まれた。左のシャツを手繰ると、
骨ばった腕が、鏡の中でシロの頭をかきまわした。

【終了】



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