【 負けず嫌いの少女 】
◆cfUt.QSG/2




451 名前: 栄養士(香川県) 投稿日:2007/03/31(土) 15:37:50.38 ID:9paM8Qwr0
お題:仮面
タイトル:負けず嫌いの少女
レス数:4
酉:◆cfUt.QSG/2

 四月。桜の花が咲き誇る、出会いの季節。私は、ある女の子に出会った。
 桐野 優。取り立てて目立つところのない彼女だが、一つだけ、決定的に違う点があった。優は、全く言葉を発しないのだ。
「おはよう、桐野さん」
 出席番号の関係で隣の席になった私は、早速声をかけてみた。そのときは、優について何も知らなかった。優は、軽く会釈をしただけで、すぐに前を向いてしまった。
 無愛想。私の優に対する第一印象だ。それからもいろいろと声をかけてみた。
「テレビとか見るの」「どんな本が好き」「部活は何に入るの」「休日は……」
 わたしの問いかけに対し、優は無表情で首を縦か横に振るだけだった。そして、たいていがノーだった。
「昔からあんな感じだよ、優は」
 小学校、中学校が一緒だったという別の女の子に、そんな話を聞いた。
「何聞いても首を振るだけ。発言とかする場面では、わざわざノートとかに文章書いて隣の子に読んでもらってた」
 やれやれといった様子で、その子は教えてくれた。

 私は、根っからの負けず嫌いだった。スポーツでもゲームでも、これと決めた事では絶対にトップになろうと努力した。たとえ相手が誰であろうと、私はあきらめなかった。
 短距離走と決めれば、毎日暗くなるまでじゃなく、暗くなってからも走っていた。あるレーシングゲームが気に入れば、何十回、何百回とやりこんだ。そして、そのどれにおいても、最終的には勝ちをもぎ取った。
 残念ながらそれが勉強に向く事はなかったが、それでも負けたくないという気持ちは健在だった。

「優、って呼んでもいいかな」
 私の新たな勝負が始まった。優の仮面を取り、本当の優を知る。これはその第一歩。優は、首を縦に振った。それは相変わらず無表情で、どっちでもいいといった様子様子だったが、私は嬉しかった。
 それからも、私は積極的に優に声をかけた。給食の事。授業の事。先生の事。カッコイイ男子の事。最近の音楽の事。ありとあらゆる方向から、私は声をかけた。


452 名前: 栄養士(香川県) 投稿日:2007/03/31(土) 15:38:53.66 ID:9paM8Qwr0
 自分の事も話した。優の事も聞いた。夢。希望。憧れ。優は相変わらず、首の動きだけだったが、それでも、リアクションは返してくれた。
 もしかしたら全く進展していないのかもしれない。だけど、後退はしてないという確信が私にはあった。

「ねぇ、遊びに行こっか」
 四月下旬の放課後。桜の花は潔く散り、若々しい葉桜へと変貌を遂げていた。私はここで一撃、急展開を仕組んでみたのだ。優は、首を全く動かさない。
「今から。ぱっと行って、さっと遊んで、すっと帰ってくる。どう」
 どこかの終身名誉監督のような擬態語とジェスチャーで、私は優をさらに押す。優は、しばらくののち、首を縦に振った。私は、心の中でガッツポーズ。かばんを片付け、私達は出発した。
 
 自転車にしばらく乗って着いた場所は、隣町のゲームセンターだった。ここは、なぜか巡回員がおらず、安心して遊べるスポットとして有名だった。
「何からやろうかな。あっ、あれとかどう?」
 私が指差したのは、ゲームセンター定番のUFOキャッチャー。景品は、何種類かのぬいぐるみだった。
「1回交代で、どっちが先に取れるか勝負。いい?」
 優はうなずいた。こんな時まで勝負を持ち出すあたり、私はとことん負けるのが嫌いらしい。
 三回目で私がくまのぬいぐるみを手に入れ、優はうさぎのぬいぐるみを手に入れた。引き分け。次のゲームへ。優が音ゲーをちらりと見たように思った私は、それをやる事にした。
「同じ曲でどっちが高得点か。負けないからね」
 優は、なかなか上手かった。一勝一敗。やっぱり、負けたくない。次のゲームを始めようとして優の方を見ると、優はゲームではない何か一点を見ていた。そちらの方に眼を向けると、まさかの巡回員。
「逃げるよ」
 優にそう言うと、私は見つからないように出口を目指した。優と共に外に出た瞬間、ダッシュで自転車に飛び乗り、全速力でそこからエスケープ。
 街中を抜け出し、私と優は堤防ぞいの道を走った。眼に映るすべてのものが、夕焼けの茜色に染まっている。
「楽しかった?」
 私は、純粋に聞いてみたかった事を尋ねた。イエス。縦に振られた優の首を見て、私は自然と笑顔がこぼれた。
「よし、じゃあ私の思い出の場所に連れて行ってあげる」
 そういうと、堤防沿いの道から脇の細道に入る。少し進むと、懐かしい建物が眼に入ってきた。


453 名前: 栄養士(香川県) 投稿日:2007/03/31(土) 15:39:51.73 ID:9paM8Qwr0
 廃工場。幼いころ、私は近所の男の子何人かと一緒によく遊びにきていた。鉄の棒やハシゴ、オイル用の空き缶など、遊び道具には事欠かない場所で、当時の私達にはすごく魅力的だった。
「ここで、良く遊んだんだ、近所の悪ガキと。」
 そういいながら、私は大きないくつもドラム缶が飛び飛びにならんでいる上を飛び移りながら、優に話かける。危ないから行くなと親に言われていたこの場所。だが、行くなと言われると、余計に行きたくなるコドモゴコロ。
「早く来ないと置いてっちゃうよ」
 軽々とドラム缶を渡りながら私は優に対して言う。
「……待って」
 声がした。初めて聞いた声。それは綺麗で、儚げで、消え入りそうな声だった。
「今、しゃべった……」
 私はびっくりして、上手く言葉を発せられなかった。だが、確かにこの耳で聞いた。優もびっくりした様子で、口に手を当てている。
「綺麗な声じゃん。下におりて、私とゆっくり話そ」
 割りと綺麗なところに腰を下ろす。
「私の勝ち」
 そう、優に告げた。
「勝ち?」
 優が声を発する。その一言ずつが、私の勝利を教えてくれる。
「そ。優の声を聞けたら勝ちってルールを私の中に作ってたの。今日、それが達成できた」
 多分、私は嬉しそうな顔をしていた。
「私、負けたんだ」
 ボソッと優がつぶやき、そしてその手に、そばにあった大き目のガラスの破片が握られた。
「ちょっと、それガラスだよ。危ないから離しなって」
 あわてて、私は言った。が、優はいっそう強くガラス片を掴んだ。その白い手に、真っ赤な鮮血がつたう。
 そして、その鋭利な凶器を、私につきたてた。
「な、何で……」
 苦しい。私の脳では、目の前で起きている事が処理しきれない。
「簡単な事。私は、負けるのが嫌いなの」
 静かに、優が言う。その言葉の意味が、優の凶行とつながらない。
「だから、人との関わりを避けた。人に勝つと、私は恨まれた。かといって負けたくはない」
 とうとうと、優は続ける。


454 名前: 栄養士(香川県) 投稿日:2007/03/31(土) 15:41:02.37 ID:9paM8Qwr0
「それで、私は決めたの。戦わないって。そうすれば、勝ち負けなんて関係ない」
 私の意識は、すでに朦朧としていた。
「無表情で全くしゃべらない女の子、その仮面を私はかぶった。とっても便利だったわ。最初こそみんな物珍しくて私に話しかけてくるんだけど、そのうちどこかに行っちゃう」
 何か言おうと思ったが、言葉にならない。
「それなのに、あなたが私の仮面を奪い取った。本当の私が見たいなんて。どうかしら、本当の私を見た感想は」
 勝ち。負け。仮面。ぐるぐると、私の頭の中を回っている。
「あなたを刺したわけでも気になってるのかな。私に勝ったからよ。でも勝った者がいなくなれば、負けたことにはならない。」
 だんだんと、目の前がかすんでいく。
「せっかく引き分けにしたのに。なんでぶち壊しちゃうかな。本気でやれば、一回目で取れたし、パーフェクトクリアなんて余裕だった」
 淋しげに笑う優。
「人道的に急所ははずしてあるし、救急車も呼んであげる。だけど、警察と戦うの、私やだな。意味、分かるよね」
 ぼんやりとした意識の中で私は、わずかにうなずくことしか出来なかった。優のそれとはあきらかに違う首の上下運動。
「じゃあね。勝者に祝福を」
 そう言うと、優は私に背を向けて歩き出し、夜闇に溶けた。

完。



INDEXへ  |  NEXT−仮面プリンタ ID:ENf3EmdE0