【 人はそれを魂と呼ぶ 】
◆.ohXkT36yY




54 :No.15 人はそれを魂と呼ぶ 1/3  ◇.ohXkT36yY :07/02/24 23:36:05 ID:ElTG1JCg
 小さいころから剣道をやっていた。
 始めた理由は覚えていない。
 ただの何となくなのか、親に言われたのか、友達が通っていたのか、可愛い女の子でもいたのか。
 ただ、続けた理由ははっきりしている。
 何より剣道がとても楽しかった。
 技術もさることながら、自分のメンタルがここまで鍵になる競技は、実に興味深かった。
 それにもう一つ。
 子供相手にも真剣に話してくれる、道場の先生が好きだったからだ。
 もう僕は地元から離れてしまって、滅多に会うことは出来ないが親交は今でもある。
 普段は照れくさくていえないが、僕はあの人を人生の師として慕っているんだ。


 一つ思い出を。ある日、先生が気まぐれに本物の日本刀を見せてくれたときのこと。
 その刀の銘は覚えていないけれど、刃紋がとても綺麗に真っ直ぐだったのは覚えてる。
 僕は、それをこの上なく美しいと思ったっけ。
 
 この刃紋か。これは直刃といってな、他に乱れ刃紋というのもあるが、俺もこっちの方が好きだな。
 日本刀ってかっこいいね、侍ってみんなこれを持ってたなんて、凄いよ。
 そうか、じゃあ一つ話をしよう。
 うん。
 いいか、侍ってのはな、日本刀、つまり刀を持ってるから強いんだよ。
 じゃあ先生、銃を持ってるから、西部劇のガンマンの方が強いんだね。
 そうじゃあない、話の腰を折るなバカ野郎。
 そんな強く叩くなんてひどいよ、じゃあどういうことなんですか。
 
 ここで記憶の断片は途切れていた。最後に一言、なんて言われたんだっけ。
 次の記憶の断片。
 くくく、と笑う先生。僕の胸の辺りを殴っていた。照れくさく、勇気付けるように。

55 :No.15 人はそれを魂と呼ぶ 2/3  ◇.ohXkT36yY:07/02/24 23:36:31 ID:ElTG1JCg
 そして今現在。全国剣道選手権大会決勝の舞台に、僕は立っている。
 二本先取が勝利条件。相手は一本先取。
 そしてたった今、僕が一本を取った。
 三本目。勝負、と審判の声。その合図とともに、相手は打ち込んでくる。
 体重差が二十キロ近くあるため、その圧力が実に凄まじい。
 こいつは体格差を生かし、相手をふっ飛ばして打ち込むのが得意のようだ。
 さっきは見事にそれをやられ、脳天に一発いいのを貰ってしまった。
 その面で僕の意識が混濁、試合中に思い出にふける羽目になった。
 けどもう意識はしっかりしている、重さにも慣れた。大丈夫。
 
 侍が強いのはな、折れず、曲がらず、触れれば切れる鋭い刀を、ここら辺に持ってるからなんだよ。

 それにおかげで思い出した。あの時から、ずっと、侍になりたかったんだ。
 鍵はメンタル。うん、燃えてきた。


 野太い気合とともに連続で繰り出される打突。ギリギリで外す。
 こんなのはこん棒だ、日本刀みたいな美しさなんか欠片もない。
 重い突進。体勢が崩れるが一瞬で直す。また外す。当たってなんかやるもんか。
 剣道は刀で斬り合うものじゃない、竹刀で打ち合うものだ。だけどそこに刀は存在する。ただ見えないだけで。
 バランスを崩し転がされる。倒れたところに打突が。転がってかわす。
 疲れた、諦めたいと、頭の中の誰かが叫ぶ。だけど折れない曲がらない。それはさながら日本刀のように。
 胴がくる。腕で伏せぐも、腕がしびれる。馬鹿力め。
 一撃で、一瞬で、一刀の下に勝負を決める。それはさながら真剣のように。
 睨み合う。行くぞ行くぞと睨みつける。僕の竹刀の先が、相手の竹刀を死に体とした。
 けして途切れない、張り詰めた僕の集中力。
 僕が動く、相手も動く。狙いは面。一直線に。
 乱れぬことは直刃の如く。ああ、僕の刀は、きっと、あんな形だ。
 交錯する打突。面、と叫ぶ互いの声。審判の旗は、僕に上がった。

56 :No.15 人はそれを魂と呼ぶ 3/3  ◇.ohXkT36yY:07/02/24 23:36:47 ID:ElTG1JCg
 正座し、面を外す。そうして、僕の刀を鞘に収める。
 僕の考えではここで負けても十分負けだ。よし、一息。
 その途端、みんなから手洗い歓迎を受ける。む、この野郎本気で殴りやがった。
 とりあえずそいつへの仕返しを敢行した後、会場を見渡した。やることがある。
 あ、向こうにいた。さて、恩師にお礼をいいに行こう。
 

 了



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