【 邪刀 】
◆yc7x/ZOY2E




20 :邪刀 1/5 ◇yc7x/ZOY2E:07/02/24 05:35:11 ID:ElTG1JCg
大手ゼネコンの社長、遠山新一は美術館にいた。
館長が隣でガラスの中の古美術品を説明しながら、遠山は真面目そうにあいづちを打っている。
この美術館は個人が運営している場所で、美術品は数えるほどの片田舎の小さな施設であった。駅からも遠く、
遠山が訪れたのは仕事が終わり日が暮れかけた夕方であったため、ほとんど人は入っていなかった。
遠山は取引先と懇親を深めるために、ここにやってきた。
だが肝心の取引先が遅れたらしく、接待を頼まれているここの館長と美術館を見て回っている次第である。
勝手な遅延には元来誠実な性格の遠山は憤慨したが、しかし遠山はそう気分が落ち込んでいるわけではなかった。
この美術館で一日限定公開の秘蔵品を眺められるということに胸が躍っていた。
今回限定公開される品は刀。
邪刀といわれる、いわくつきの宝刀であった。
それは一番奥の暗室にあった。
館長が重苦しい扉を閉めると、ぽぉっと淡く青色発光ダイオードに照らされた一本の日本刀が、白い布の上に浮かび上がった。
遠山は古美術品にかなり見識がある。というか遠山は大抵のことに詳しい。
彼が若くして大手ゼネコンの社長になったのもその深い見識からだった。
彼がみるに、この刀は波文や反り具合からして相当な業物であった。
国宝級といっても過言ではない。
ただこの刀はここにくるまで全く聞いたことがないものであった。
遠山はこれほどの業物が何故こんな片田舎の美術館にあるのか、とつい口を滑らせてしまった。
あわてて遠山は口を手で制したが、館長はにこやかに笑ってやり過ごした。
そして館長は何事も無かったかのようにこの刀が何故邪刀といわれているのか、語り出した。

話は遠く戦国時代までさかのぼる。
この地に足軽、五郎兵衛と領主、新山修理助家久という二人の若者がいた。
二人は身分は違えど、若い頃からの親友で、お互いのほくろの数まで知っている仲だった。
いやBLには発展しないので、引かないように、友情が深かったという意味である。
そして二人は仲良く歳を取り、30になるころにはお互い家族を持つようになった。
五郎兵衛は村一番の器量よしを、家久は遠くの御国から可憐な正室と美人の側室を貰っていた。
五郎兵衛の妻は家久が貰った正室や側室とは数段劣る容姿ではあったが、五郎兵衛は妻を大切にし、子供を6人ももうけた。

21 :邪刀 2/5 ◇yc7x/ZOY2E:07/02/24 05:35:34 ID:ElTG1JCg
しかし、家久の方はというと政略結婚という建前で一緒になったため、正室や側室たちがあまり好きになれなかった。子供も作らず、昼間は五郎兵衛と将棋を指していたり、
夜は五郎兵衛と酒を飲み比べてそのまま眠ってしまうなど、女より五郎兵衛の方へ入れあげるといった甲斐性なしだった。
なお、くれぐれもいうようだが、BLには発展しない。
家久の方はこんな風に気楽に過ごしていたわけだが、五郎兵衛の方は苦心の日々を送っていた。
子供が増えすぎてしまったため、足軽である五郎兵衛は日々の食費が生活を圧迫していた。
所詮、足軽なのだ。妻と子供6人を食わせていくだけの米を手に入れられるわけがない。
家久に金の催促を時々していたが、家久は足軽に入れあげることを家臣から批判されていた経緯もあって、
自由にできる金は案外少なく、五郎兵衛一家を食わせるほどには至らなかった。
たしかに土地をもてばどうにかなるだろう。だが、武功を上げて土地を手に入れることは相当な武力と運が無ければ、無理な話だった。
足軽など数千といるわけである。そのうえ大抵が鉄砲か弓矢か投石で死ぬわけで、
その時大将首をとるのは必然的に飛び道具部隊を指揮する上司の侍大将になってしまう。
この当時、足軽が戦で大将首をとることは宝くじが当たるのと同じような話であった。
そんな刻一刻と一家が死を待つような日々に。
男がやってきた。
その男は人払いを頼んで、刀を置いてこう言った。
この刀で新山修理助家久殿を殺して下さい。
その男は敵国の家老であった。
成功すれば少なくとも200石は与えます。家久殿と親密なあなたなら簡単でしょう。それにこれは我が国で最高の業物。万が一にもし損じることはあるまい。
という趣旨のことを言った。
一石とは1人を一年食べさせるだけの土地である。つまり200石といえば、200人を1年間食べさせられる土地なわけだ。
五郎兵衛はバカバカしいとその家老を蹴って追い出してしまった。親友を殺すことなどできるはずがないと五郎兵衛はその時思っていた。

半年が過ぎた。
そんな話も忘れた冬のある日。とうとう末っ子が餓死してしまった。まだあわやひえの残りはあった。ただ末っ子は台所の内情を見て、
自分が食べなければお兄さんやおっかあやおっとうが生きていけると思っていたようだ。
日々の食事を抜くあまり栄養失調で最後は水しか飲めなくなって死んでしまった。
末っ子が餓死した日、家久の家に五郎兵衛は金の催促に行っていた。

22 :邪刀 3/5 ◇yc7x/ZOY2E:07/02/24 05:35:52 ID:ElTG1JCg
家久はこれで何度目かわからない催促に笑ってうなづいた。
その笑いに五郎兵衛はむなしさを覚えた。
住んでる世界が違うように思えた。この程度の金の工面など家久にとっては造作もないのだ。
もし200石を手に入れれば、一家が餓死することもない。いや、あわやひえを食うようなみすぼらしい生活から脱して、家久のような生活ができるのだ。
末っ子のような死などもう家族には絶対に迎えさせない。
五郎兵衛は腰の刀を抜き、肩から腹へ斜めに斬り伏せた。
返す刀で家久の心臓に向かってまっすぐ刀を突き刺した。
家久の体は大柱にちゅうぶらりんに吊るされた。
家久は口から血を吐き出しながら、訳の分からない言葉を発していた。
五郎兵衛は無言で家久の首を捕った。
初めての大将首だった。
それから五郎兵衛は結局200石を手に入れ、一家7人楽しくすごし、床の上で死んだそうだ。
五郎兵衛の死後、友を裏切るような邪心をこの刀は持った人間に与えるという噂が広まり、邪刀といわれるようになったらしい。


23 :邪刀 4/5 ◇yc7x/ZOY2E:07/02/24 05:36:15 ID:ElTG1JCg
館長は話をし終えて満足そうに笑っていた。
遠山は一部始終を聞いて面白い逸話だとうなづいた。
しかし遠山は邪刀といわれるこの刀の名前をお気に召さなかった。館長に向かって、この話について自分の見解を彼は語った。
友を裏切ったゆえ邪刀というが、一家を助けるためには仕方ない。五郎兵衛にも相当同情の余地がある。
それに家久というのも家臣の目があったからとはいえ、一家を食べさせるのにぎりぎりの金の工面しかしないのは、問題だろう。
殺されるに十分な過失があったといっても良いかもしれない。
客観的に見ても五郎兵衛は悪くない。邪刀というのは何も知らない他人がつけた酷い名前だ。
と言った。
館長はうなづいていた。
右手に刀を持ちながら
青い光に照らされた館長は、そこに飾られていた邪刀を握っていたのだ。
遠山は状況を理解できずに、一歩後ずさった。
館長は言った。
鍵は閉めた。部屋からはでられない。
言うやいなや、遠山は肩を右から左に斬り伏せられた。

24 :邪刀 5/5 ◇yc7x/ZOY2E:07/02/24 05:36:33 ID:ElTG1JCg
遠山に生まれてこの方感じたこともない激痛が走り、その場にばたばたと手足を動かして倒れ込んだ。
館長は言った。
私は競売で対抗している○○建設だ。これが落札できなければ、我が社は潰れる。
私には家族がいるんだ。愛する家族がな。この大型工事さえ受注できれば、一気に業界トップの座も夢じゃないんだ。
遠山は言った。
何を言っているんだ。家族を守るなんて聞こえの良いことは言っているがやっていることはただの犯罪者じゃないか。
会社が傾いたのだって自分の実力が無いからだろう。貴様の精神は腐りきっている。腐りきっているクズだ。
館長は言った。
随分さっきと考え方が違うんだな。社長。
邪刀が遠山の脳天に突き刺さった。
その後、何時間も何時間も館長は何かに取り憑かれたように遠山が何かの肉塊になるまで邪刀を遠山の死体へ落とし続けていた。
館長のその後は推して知るべしである。



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