【 霞月 】
◆twn/e0lews




811 名前:霞月 ◆twn/e0lews 投稿日:2007/01/28(日) 21:21:23.18 ID:ye0EVysy0
 赤茶に輝く髪、普段青白い頬は血色が良い、全ては陽だ。
長着の皺にオレンジの光が溜まって、時折きらめくそれは、河の流れに似ている。
袖から伸びた手は、陽に青い血管が透けている。
筋張った手首には一筋のケロイドがあって、光を不自然に反射している。
そうして指先の一つ一つまでなぞる様に眺めているうちに、私は彼を抱き寄せていた。
「どうしたの?」
「何となく、こうしたくなったの」
 彼は照れ臭そうに笑い、しかし私に体を預けた。
「良い匂いがする」
 言った彼に手を滑らせる。着古した紬の柔らかい感触、その下にある彼の体温。
薄い胸板に頭を預け、鼻で息をする。彼の匂いがした。
「良い匂い、する?」
 上から聞こえた声。
「梅の花には負けるかな」
 顔を上げ、答えた唇で、彼のそれを塞ぐ。押し込む舌に、彼が抗うことは無い。
背中を撫で、キスは首に移り、彼はその度に身をよじり、私を誘う。
馬乗りになり、帯を解いて、白い肌に手を入れる。
「相変わらず、貧相ね」
 浮き出ている肋骨を撫でながら、私は言った。
「自分でも、早死にすると思う」
 彼が、初めて動いた。臀部から撫でる様に昇ってきた手が、服の間に滑り込み、肌に触れる。
思わず、呻きが漏れた。彼は無言のまま、しかしホックを外された。
捲られ、乳房を弄られる。互いの息使いが、微かに聞こえる。
 肋骨から腰骨、太股を経由して性器へ、少しだが大きくはなっているそれを撫でながら、背中が痛くなる、と言った。
 どうせなら、と呟いて、彼はキッチンへ向かう。
量は? 冷蔵庫の内部照明に染まる彼へ、四百と返答し、財布から千円札を抜き出す。
台所から響く、錠剤を砕く音を聞きながら、千円札をストローの様に丸める。
 ふと、窓の外を見た。東空に、霞月。


812 名前:霞月 ◆twn/e0lews 投稿日:2007/01/28(日) 21:22:04.48 ID:ye0EVysy0


 ベッド脇のサイドボードに引かれた、五センチ程度の、二本の白いライン。
千円札のストローを鼻に当て、ゆっくりと吸い上げる。
一本の半分程を残し、ストローを彼に渡す。彼が入れている間に、服を脱ぐ。
彼はもう、長襦袢を羽織っているだけで、裸だ。
 徐々に、体が熱くなってくる。四肢の感覚は薄れ、しかし脳が晴れる。
神経が研ぎ澄まされ、世界の透度が限り無く上昇する。目蓋を見開き、眼球を突き出すのが、気持ちいい。
彼を見ると、私に伸びてくる手。襦袢の衣擦れが鋭く鳴る、押し倒された。
「早く、早く」
 彼は露出した性器で私の顔を叩き、咥えろと言った。
「早く、早く」
 堪らなくて、頬が緩んだ。溝を丹念に、舌で抉る様に。スジをなぞり、出来る限り深く。先端に戻る時、割れ目に舌をねじ込む。
唾液に薄れた塩味と、強烈な生臭さが口の中に広がる、気持ち悪い、吐きそうだ。その癖濡れる。
狂った様に、しゃぶる。好きで好きで堪らない、子供の時に遊んだオモチャだ。
 堅さを増し、もう十分と彼が判断した瞬間、オモチャは取り上げられる。
どうして、どうして、私はもっと遊んでいたいのに!
コンドームを付けさせて、ねえ、私の、私の、私のよ! 良いよ、早くしろよ。
 コンドームが見あたらない、糞、糞、糞、糞腹が立つ。
早く出てこい、馬鹿、馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね――。
バッグをひっくり返し、本棚を掻き荒し、私はコンドームを探す。
おい、あったぞ、馬鹿、こんな所にあるじゃん、お前使えないな。
振り向くと、ベッドの上でコンドームをひらつかせる彼、私は飛びつく。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「糞だな、使えない。これ位、チショウだって見つけられる、馬鹿以下だ」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 早くしろよ、と言って、コンドームが飛んできた。
ビニールの包みが頬を撃って、ポトリと床に落ちたコンドームを、私は憎んだ。
しかし復讐する暇は無い、早くこれを付けないといけない。

813 名前:愛のVIP戦士 投稿日:2007/01/28(日) 21:22:39.94 ID:ye0EVysy0
 引きちぎる様に包みを開け、彼に飛びつく。
痛い、馬鹿、ゴムも付けられないのか? ホントに知遅れなんじゃないか? 馬鹿め。
ごめんなさい、ごめんなさい。慌てたあまり爪を立ててしまった、怒られた。
ごめんなさい、ごめんなさい。
「良いよ、もう。付けないから、出来たら潰せ」
「ヤメテ、ごめんなさい、もうしません――」
「駄目だね、お前みたいな馬鹿女の子供、気持ち悪い、死ね、馬鹿。股開けよ、糞が」
 怖い、怖い、ベッドに叩き付けられて、怖い、怖い。
目が飛び出そうで、気持ちいい、溶ける、溶ける、死ぬ。
馬鹿、こんなに濡らして、馬鹿だな、お前、怒られて感じるなんて、気持ち悪いよ、お前。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
指が、中を、掻き回している。何だ馬鹿、お前涎垂らしてるぞ。畜生だな、ホントに、糞だ。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
「好きなのか?」
 私の頬を舐めながら、彼が問うた。はい、愛しています。
頬から唇に、垂れた涎を拭う様に、彼は私を舐めた。
「僕はさ、一生一人なんだ、きっと。結婚とか、子供とか、反吐が出るんだ」
 捨てないで、捨てないで、捨てないで。
「糞、こんな事、考えちゃいけなかった。最悪だ、下らない」
 穴を犯される。
愛しています、愛しています、愛しています、愛しています、愛しています、愛しています、愛しています。
殺して、殺して、怖い、怖い、死にたくない。
何かが鳴いた、きっとピエロだ、包丁を持っている、殺される――キケケケ。
キチガイが、糞、殺してやる。首に、指が食い込む、息が出来ない。
舌が出てるぞ、畜生め、傑作だ。大笑いして、手が離れた。
ごめんなさい、捨てないで、捨てないで。

814 名前:霞月 ◆twn/e0lews 投稿日:2007/01/28(日) 21:23:12.43 ID:ye0EVysy0



 髪が揺れ、肌寒さに、目が覚めた。
ぼやけた視界に、長着を羽織った彼の背中が映る。
窓を開け、外を眺めている。吹き込む風が甲高く鳴る、寒い訳だ。
 青みを含んだ黒空の中、向かいのビルに、ほんの少し茜が射している。
空の変わる時間だ。あれは、残っているのだろうか、それとも、現れたのだろうか。
そんな事を考えていたら、突然、視界が塞がった。極薄い青、肌触りの良い布だった。
「これは、絹?」
「僕の襦袢だ。裸じゃ寒い」
「なら、窓を」
「鳥が鳴くんだ、聞きたい」
「今は、朝?」
「街灯が、もう消える」
 視界を覆っていた襦袢を取り去ると、彼は外を指差していた。
オレンジの街灯だった。空はこれから、青くなるのだろう。渡された襦袢に、袖を通す。
「良く似合う」
 徐々に色を薄める空は、近いうちに襦袢と同じ、薄い青に染まるだろう。
「有難う」
 彼が空を指差す。西空に、霞月。
「愛してる」
「――」
 求める彼、私の声は衣擦れに消え。絡み合い、濡れた瞳で見た窓は、朝焼け。頬に一筋、涙が流れた。
「月は?」
「そんなもの、どこにも無い」

                     了



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