【 新婚旅行 】
◆4BDlDTMTLY




769 名前: ◆4BDlDTMTLY :2006/04/16(日) 08:38:54.06 ID:RPGUSsBd0
俺には子供の頃からの夢があった。
北欧に行ってオーロラを見ること。
初めてその存在を知った時、幼いながらに深く感動したものだ。
社会人になって、その夢を実現する為に、俺は貯金に励んだ。
そしてついに、その時が来る。

いや、来るはずだった。
先日プロポーズした彼女との新婚旅行で、俺はオーロラを見に行くつもりだった。
もちろん彼女も喜んでついてきてくれると思っていたのだが、問題が起こった。
結婚式の費用。
これが想像以上に莫大な金額だったのだ。

俺の意見は、結婚式なんてやらなくてもいいから、その分新婚旅行にお金をかけたい、というもの。
長年見続けてきた夢を、たった1日の出来事のために奪われたくはない。
だが、世間体というものがある。
今後の付き合いのこともあり、俺は会社の上司や取引先の人間などに、結婚の報告をしなければならない。
その1番手っ取り早くて正しい方法が、披露宴。
100歩譲って、披露宴を行うのはいい。
だが、その費用が、俺の貯金の額とほぼ一致する。
すなわち、新婚旅行には行けない。

あるホテルで、見積もりを作ってもらった。
結婚式を挙げた後、ホテル内のホールで披露宴。
招待客は100人として、トータルで400万円。
はっきり言って、舐めていた。
初めての経験だし、当たり前だが相場を知らなかった。

770 名前: ◆4BDlDTMTLY :2006/04/16(日) 08:39:15.72 ID:RPGUSsBd0
不穏な俺の横で、彼女は嬉しそうにしている。
テーブルに飾る花のカタログを、何度も何度も読み返している。

帰り道、彼女に思い切って打ち明けた。
実は結婚式をやめて、新婚旅行を豪華にしたい、と。
いや、結婚式や披露宴をやってもいい、その代わり質素に行いたい、と。
それを聞いた彼女は、驚いたようで、そのまま黙り込んでしまった。

そして言葉を交わすことのないまま、彼女の家の前に着いた。
「いつも送ってきてくれてありがとう」
そこには、毎度のことながら外で彼女を待つ父親の姿があった。
俺はぺこりと頭を下げる。
少しも緩んだ表情を見せない父親に背中を押され、彼女が家の中に消えた。

1人になって俺は考えた。
果たしてこのまま結婚してしまって良いのだろうか。
俺は20年近くもオーロラを見たいと思い続けてきた。
やっとそれに手が届くというところで、人生の転機がやってきた。
彼女のことはもちろん好きだ。
しかし、俺を快く受け入れてくれない彼女の父親、そして多額の結婚費用、それらを許せるだろうか。
結論の出ないまま、時間だけが過ぎて行った。

結局、彼女からの涙の訴えもあり、俺は渋々結婚式を行うことに合意した。
ドレスを選ぶ彼女は嬉しそうだ。
しかし俺は、その値段を知って驚愕する。
レンタルで30万円・・・・・・
質素にしたいって言うから、レンタルでいいよ。なんて言われたが、たった1回着るだけで30万円・・・・・・
テーブルに飾る花も選んだ。
たった1日、数時間飾るだけなのに、1テーブル5万円、それが10数テーブル。
少しでも節約して、安いツアーででも北欧に行けたら、という俺の野望は消え去った。

771 名前: ◆4BDlDTMTLY :2006/04/16(日) 08:40:11.13 ID:RPGUSsBd0
そして、ついに結婚式当日を迎えた。
浮かない気持ちのまま式場入りした俺は、人形のように恥ずかしい衣装を着せられ、飾り付けられていく。
脳裏には、案内状の送付や、スピーチのお願いに費やした日々がよみがえる。
こんな大変な思いをして、更に大金まで払って、俺は何をしているのだろう。
しかし、俺の後悔を一瞬で消し去る出来事が起こった。
彼女が、いや、俺の嫁さんがとても綺麗だったのだ。
真っ白なドレスに包まれたその姿にやや見とれながら、俺は大勢の前で永遠の愛を誓った。

その後、披露宴が行われ、俺は友人の冷やかしを受けながら酒を呷った。
宴は滞りなく進み、楽しいものとなった。
終端に差し掛かった頃、不意に、今まで散々嫌な顔をしていたはずのお義父さんが俺に頭を下げに来た。
ああ、そうか。
俺はやっと、結婚式の本当の意味がわかった気がする。


それから10余年、嫁さんにあの日の美しい姿はない。
俺は時々、新婚旅行で行った熱海の写真を、思い出したように引っ張り出してきては眺める。
俺達はここで、オーロラは定年後に見に行こうと約束した。
それは、俺が外で戦う上での重大な糧となっている。
そして、最も大事なもの。
横ですやすやと眠る娘。
大切に育てた娘を、いつか俺の手から奪い取る奴が現れるのだろうか。
残り少ないビールを飲み干し、俺はお義父さんのことを思った。


                        終わり



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