【 未完の決闘 】
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28 名前:NO.7 未完の決闘 (1/11) ◇pt5fOvhgnM 投稿日:06/10/29 22:40:49 ID:nOeZ2hNy
 目の前に墓がある。決着をつけねばならない男、親愛なる宿敵の墓が。
 小高い丘の上にある共同墓地には似合いの粗末な墓だ。
 何度も名前を確かめた。何度確かめても、奴の名が刻まれていた。
 三年の旅の末路が、これだ。
 何故死んだ、と叫びたかった。
 煙草を吸おうとしてポケットに手を入れる。
 だが、空箱しか残っていなかった。
 舌打ちをして、放り投げる。
「あら」どこか間延びした女の声がした。
 腰骨の上に隠している銃に手を伸ばしかけて、止める。
 女はそのまま歩いてきて、俺の横に立った。律儀に煙草の空き箱を拾って。
「墓地にゴミを捨てるは良くありませんわ」
 そう言って、女は俺に空き箱を差し出した。
 嘆息し、受け取る。
「失礼。少々動揺していましてね」
 女は少し考えるように顎に手を当てた。
「父のご友人ですか?」
 一瞬、思考が止まる。父? 父親? 親父? あいつが? フレッドが?
 彼女の全身を眺める、フレッドの面影を探して。
 緩くウェーブのかかった金色の髪に空色の瞳、若木のような体つき。
 白い木綿のワンピースに藤で編んだサンダル。
 十五、六だろう、幼い。まるで綿菓子のようだ。
 フレッドのフの字も、あの汗臭い男の欠片も見当たらない。
 と、いうかフレッドの血が混ざっているのが信じられない。
 ある種の奇跡を見せ付けられた気分だ。


29 名前:NO.7 未完の決闘 (2/11) ◇pt5fOvhgnM 投稿日:06/10/29 22:41:06 ID:nOeZ2hNy
 反応が無い事を否定ととったのか、女は首をかしげた。
「あら? 父の墓の前に立っておりますし、てっきり」
 私は首を振って否定する。
「……フレッドが結婚しているとは思いませんでした」
「いえ、結婚したわけではないのですが」
 何やら、面倒な事情がありそうだった。
「元々母と暮らしていたのですが母が亡くなりまして」
 そしてフレッドに引き取られた、と。案の定だ。
 もっとも、俺にはどうだって良い。
 じっ、と女が何かを問いたげに見ている。
「私、ペリエと申します」
 水か、らしくない詩人ぶりだ。
 彼女は困ったように眉根を寄せた。
「あの、お名前を……」
 俺は苦虫を噛み潰したような表情をしていたはずだ。
「ビアズ。貴方の父親を殺そうと付け狙っていた男です」
「良いお名前ですね」にこにこと笑いながら言った。
 着目点はそこなのか。
 彼女が正気か否か、俺には分からない。
「白い髪にとても似合っていますわ」
 一応銀だ、まぁ、確かに白に近いが。
「それで、父に何のご用だったのでしょうか」
 人の話を聞いているのだろうか。
「いえ、もうどうにもならない事です」溜息混じりに言った。
 殺したかったよ、フレッド。
 証明したかったよ、お前より強いと。


30 名前:NO.7 未完の決闘 (3/11) ◇pt5fOvhgnM 投稿日:06/10/29 22:41:43 ID:nOeZ2hNy
 懐の銃が、泣いたような気がした。敵の死を、己が半身の死を悼んで。
 ヴァージニアレプリカ、狂ったガンスミスの処女作。
 時代錯誤な大口径リボルバー。
「フレッドが持っていた銃は、どうなりましたか」俺はそっと銃を撫でた。
「銃?」
「ええ、銃身にシグナルワンと彫ってある銃です」
 シグナルワン。同じガンスミスの最後の作品。
 スタイリッシュなオートマチック。
 俺の、あいつの、求めた二つの銃。
――力の、象徴――
「それでしたら私が――」
 その時、風向きが変わった。
 左手でペリエの口を押さえ、右手で銃を抜く。
 銃身に刻まれたヴァージニアレプリカの文字が光を反射して輝く。
 誰かが、いる。
 ほんの微かな臭いがした。
 染み付いた血の臭い。腐った魂の臭い――俺と同じ臭い。
 どこから来る。
 後ろか、ペリエがいる左側か。はたまた狙撃か。
 緊張して待ち構えていると。あろうことか、そいつは正面からやって来た。
 自信家か、馬鹿か、その両方か。
 サブマシンガンを構えた男で、にやにやと笑っている。
 靴底に張り付いたチューインガムみたいな奴だ。
 典型的な血に飢えた目。チンピラ上がりの殺人中毒。
 どうやら一番最後のカテゴリーのようだ。
「あれは敵か?」ペリエに尋ねた。


31 名前:NO.7 未完の決闘 (4/11) ◇pt5fOvhgnM 投稿日:06/10/29 22:42:00 ID:nOeZ2hNy
「どちらかと言えば……」
「頭を低くして伏せてろ」ペリエの方を見もせずに言う。
 グリップを掴む。
 男は二十m程度の距離で立ち止まった。
 正面からなら、俺の方が不利だ。
「俺の愛しいペリエはどこだい」上ずった声で言った。
「さぁな」
 男は口笛を吹いた。
「格好良いじゃないか、酷い骨董品を使ってる癖に」
「分かるか」
「銃にはうるさいんだぜ。見ろよ、俺のサブマシンガン最新式だ」
 新品の玩具を見せびらかす子供のようだ。
「お前のようなチンピラには似合いの銀玉鉄砲だな」
 男の目が吊り上がった。
「もう一回言ってみろよ」
「耳も悪いのか、薄汚くて弱虫のチンピラ」
「俺はチンピラじゃない! 殺し屋だ」
 いいや、お前はチンピラだよ。
 この程度の長髪で容易く自制を失っているようでは、な。
 男の意識が、俺の銃から、俺本人へと、逸れた。
 十分すぎる、隙。
――さようなら、ミスターチンピラ。
 引き金を引く。
 爆音に等しい音がして、弾丸が飛ぶ。
 男が何か反応をするよりも遥かに早く。弾丸はチンピラを貫いた。


32 名前:NO.7 未完の決闘 (5/11) ◇pt5fOvhgnM 投稿日:06/10/29 22:42:17 ID:nOeZ2hNy
 着弾の拍子に引き金を引いたのか、弾丸が数初彼方に飛んだ。
「死んでますの?」
「生きていたら人間じゃないな」
「まぁ、可哀想な借金取りさん」暢気な声が、そう告げた。
 借金取り?
「でも、大丈夫ですの? 一応マフィアの一員――ボスの息子ですわよ、彼」
 天を仰いだ。
ああ、空が綺麗だ。
 この空を鳥になって飛んでいけたらどんなに良いだろう。
 うっかりマフィアの一員を殺したりせずに飛んでいくんだ。
――やっちまった。
 逃げるか、それとも打って出るか、理性的に考えれば前者だ。
「事情は聞かせてもらえるのか」
「ええ、私は構いませんわ」
 苛立ちさえ、覚える、暢気な声。

 適当な喫茶店を見つけて入る。メニューを見ずにコーヒーを二人分。
「当店は紅茶の専門店です」
 じゃあ紅茶を二人分。
「ダージリン、アッサム、オレンジペコ、様々な葉を――」
「何でも良い」
 プライドが傷付いたのだろうか、店員は不機嫌そうな顔をした。
 ぎすぎすした空気を、暢気な声が吹き飛ばす。
「ダージリンを二人分、それと木苺のタルトを」
 嬉しげにメニューを見ていたペリエが言った。
 緊張感が欠如した女だ。


33 名前:NO.7 未完の決闘 (6/11) ◇pt5fOvhgnM 投稿日:06/10/29 22:42:34 ID:nOeZ2hNy
 かしこまりました、と言い店員は去って行った。
 注文が来るのを待つ。
 その間彼女はお冷のグラスに付着した水滴で机に絵を描いていた。
 猫と兔を足して二で割ったような生物だった。
「私、絵が得意なんです」
「ああ、素敵な猫の絵だ」
「犬ですわ」
「それは失礼」一呼吸置いて、切り出す。「さあ話をしてくれ、何もかも」

 目眩がした。
 借金の額に、その理由に。
 我が宿敵よ――
――お前は堕落した。
 子供の為に真っ当な職業についた、だと?
 上手くいくわけが無い、実際いかなかったそうだ。
 そしてお決まりの転落劇。悪徳金融に手を出して首が回らなくなった。
 それでも、お前は殺しをやらなかったのか、昔のように。
 間抜けにも、事故で死んでしまうその時まで。
 馬鹿が、娘と、シグナルワンと、俺との決着を残してやがって。
「ところで、ビアズさん。私、うっかり忘れてしまっていたのですが」
 俺の嘆きを掻き消すかのような朗らかな声。
「父から貴方宛への手紙がありますわ」
 渡された手紙は紙の色が変色していた。長い時間が過ぎたのだろう。
「机の中に、仕舞いっ放しでしたの」
 出せなかったのか、フレッド。


34 名前:NO.7 未完の決闘 (7/11) ◇pt5fOvhgnM 投稿日:06/10/29 22:43:00 ID:nOeZ2hNy
「娘が出来た。超可愛い。
 自慢をするので見に来い。
 ただし手を出したら殺す」
 間違いなく奴の字だ、奴が書いたものとは思えない内容だが。
「追伸、シグナルワンはお前にやる」
 酷い寂寥感を、感じた。
 俺よりも、俺達の戦いよりも、この娘が、大事か。
 お前を殺さず手に入れるシグナルワンに何の意味がある。
 馬鹿め、勝手に終わらせやがって。
「ところで、この借金を返すあては?」
「実は金額が金額ですので困っていまして」
 幸せそうに木苺のケーキをつついている。
「相談したところ、体で返してくれ、と」
 表情は変わらない。やはり、微笑んでいる。
「私、お皿洗いとかお裁縫とか得意ですの」
 どうやら理解していないようだった。
 これが、お前の守ろうとしたものかフレッド。
 良いだろう、付き合おう、お前の見た幻に、願った幸せに。
 せめてもの弔いだ。
 フレッドよ。我が宿敵よ。
 こんな形でお前の味方をするとは思わなかった。
 だが、悪くない。

 ペリエに案内をしてもらい金貸しの――マフィアの元へと出向いた。
 全体的に色が暗く、重厚な雰囲気を醸し出すビルだ。


35 名前:NO.7 未完の決闘 (8/11) ◇pt5fOvhgnM 投稿日:06/10/29 22:43:34 ID:nOeZ2hNy
 はったりが効いている。
「ここで待っていろ」
「了解しましたわ」片手で敬礼のようなポーズを取りながら言った。
 何となく、ペリエのテンポにも馴れてきた。
 ドアを開ける。
 十人と少々の男達が、狭いロビーにたむろしていた。
 一斉に向けられる視線。
 皆一様に黒のスーツを着ている。どこかぴりぴりとした雰囲気。
 まるで抗争を仕掛ける前のように。
「えーと、ここはホテル……じゃ、ありませんよね?」
 うっかり迷い込んだ馬鹿な観光客を演じ、ネズミの様に怯えながら言う。
 何人かが呆れたように視線を逸らした。
 律儀な男が一人近づいてきて、言う。
「帰れ」
「はい! 分かりました」
 叫ぶと同時に、男を撃った。
 死体を盾にし、更に五連射――残り五人。
 立ち上がる音、怒号に悲鳴。
 シリンダを出し、スピードローダーで弾を込める。
 その間に二発、弾が死体に当たった。
 反応できたのが二人、どうやら質の低い連中のようだ。
 腕と片目だけを盾から出す。
 手近な遮蔽物に身を隠していない三人を続けざまに撃つ。
 残り二人――さて、お手並み拝見といこうか。

 十分足らずでロビーは壊滅した。


36 名前:NO.7 未完の決闘 (9/11) ◇pt5fOvhgnM 投稿日:06/10/29 22:43:55 ID:nOeZ2hNy
 こちらの被害は肩に軽い怪我をした程度、快勝だ。
 後は出会う人間を片っ端から撃っていった、
 ひょっとしたら無関係の人間も混ざっていたかもしれない。
 そして、一番奥まった部屋にボスらしき男がいた。
 男は瀟洒な机の後ろに立っていた。
 初老で、質の良いスーツを纏い葉巻を咥えている。
 右手にはしっかりと銃を握り、こちらへと突きつけていた。
「お前は誰だ」
「成り行きでお前の息子を殺した男で、今からお前を殺す男だよ」
「面倒ごとばかりが起こる」渋く呟き、左手の葉巻を灰皿に押し付けた。
 葉巻の火が消えたのを確認した後、心底うんざりしたように溜息をついた。
「安心しろ、これで終わる」
 銃口を上げる。男もまた、同じように。
 心臓の音さえ聞こえそうな程の静寂――
 事態を動かすきっかけを待つ。
 不意に、男が口を開いた。
「止めた。降参」
 あっさりと言って、俺に向けて銃を放り投げた。
 反射的に目で追い、あろう事か手を伸ばし――全身の血の気が引いた。
 小さな銃声。
 脇腹の激痛。
 にやり、と男は笑っていた。左手に小振りな銃を構えて。
 倒れながら、引き金を引いた。男が、隠れるよりも早く。
 倒れる音が、二つに増えた。
「……やはりマフィアのボスになんぞなるべきじゃなかったな」
 誰にともなく倒れた男は呟いた。


37 名前:NO.7 未完の決闘 (10/11) ◇pt5fOvhgnM 投稿日:06/10/29 22:44:11 ID:nOeZ2hNy
「銃の扱いが下手なのは私の唯一の欠点でね」
 俺は激痛をこらえながら立ち上がり、男を見下ろした。
 口径の差――銃の威力の差がそのまま勝敗を分けた。
「人を見る目が無いのも付け加えておけ」
「それは仕方ない。何せ私自身が屑みたいな男だ」
 そう言って、男は目を閉じた。奇妙な穏やかな顔をしていた。
 痛み止め代わりに煙草を吸おうとして、きれているのを思い出した。
「しまった、待っているペリエに買って来て貰えば良かった」
 思わず、独り言を言った

「何をでしょうか?」どこか間延びした春の日差しのような声。
「待っていろ、と言ったはずだが?」
 振り向くと、目の前に銃口があった。
 シグナルワン――ペリエ。
「父は、貴方と決着をつけられなかった事を気にしていたようですの」
 口角を吊り上げて俺は笑う。無力を装い、隙を逃がさず、か。
「思ったよりも頭が良いみたいだな」
 彼女は悪戯がばれた子供みたいに舌を出した。
「女とはしたたかなものですわ」
 肩をすくめる。全く、大した策士だ。
「あ、でも借金があったのも本当ですの。一石二鳥ですわね」
 ころころと鈴が鳴るように笑う。
 不意に笑いを納め、凄みを利かせて――例えるなら子犬威嚇みたいに。
「それではさようならビアスさん」
 今度は逆に俺が笑顔を作る。生憎、神経顔面痛のような笑顔になったが。
――そして、引き金が引かれた――


38 名前:NO.7 未完の決闘 (11/11完) ◇pt5fOvhgnM 投稿日:06/10/29 22:44:35 ID:nOeZ2hNy
 まるで時が止まったかのようだ。
 ペリエが不思議そうな顔をしている。多分、俺も同じような顔をしている。
 何度も何度も引き金を引くペリエ。
 溜息をついて俺は銃を取り上げる。
 ペリエが困ったような呻き声を上げるが無視して銃を調べる。
 原因は即座に判明した。
「……弾は?」
「ちゃんと有りますわよ」
 言って、ポケットをまさぐり始めた。
「ほら、ここに」
 貴様、天然か!
 彼女は失態に気がついたのか、恥ずかしそうに顔を伏せた。
 俺の全身から力が抜ける。
 何かもう、物凄い無駄足を踏んだ気分だ。
「とりあえず、飯でも食いにいこうか」
「あら、それなら私がご馳走しますわ。お料理も得意なんですの」
 油断して良いのか悪いのか分からない女は朗らかに笑った。
「良いね、頼むよ」
 おい、フレッド。お前との決着は地獄まで持越しだ。
 それまではまぁ、頑張ってペリエの面倒をみてやるよ。
 お前の娘だとは未だに信じられないが――
――面白い女じゃないか。



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