そこにいる意味
◆8vvmZ1F6dQ




269 名前:そこにいる意味 ◆8vvmZ1F6dQ :2006/09/10(日) 01:40:15.59 ID:zgx+HtfP0
「あれ、王将ないや」
将棋をやろうと言い出したのは知樹だった。駒の入った箱をひっくり返し、それぞれが自分の陣地に必要な駒を並べた。
しかし、僕の陣地にすべての駒が揃ったとき、知樹の側はまだ準備が出来ていなかったのだ。
あるべき場所に、王将がない。僕のほうにはキチンと玉将が納まっているというのに。
「どうしようかな」
「このまま始めても、僕が知樹に勝てないよ。王手が出来ないんだから」
「んー。じゃあ、この歩を代わりに王にしよう」
知樹は一番端の、香車が下で待ち構えている場所の歩を手にした。そして王の場所に置いた。僕は言う。
「なんだか、アンバランスだね」
実際、王が納まっているべき場所にある歩は、周りの金とか銀とかの大き目の駒に圧倒され、普通よりずいぶん小さく見えたのだ。
「そうだねー。歩は王様の器じゃないんだね」
笑いながら知樹は言った。'うつわ’なんて難しい言葉、よく使えるな、と僕は思う。
「じゃあ、やっぱりこの歩は元の場所に戻そう」
知樹は歩を香車と同じ列に戻した。でも僕は、別に歩がここでもいいんじゃない、と言った。
「だって、歩ぐらいなくなってもいいじゃないか。王様が一番大事なんだから」
「そうかな、逆に、王様がなくなっても別にいいんじゃないの」
知樹は笑顔のような、そうでないような、何とも言えない表情で言った。
「なんでだよ」
僕は訊いた。
「王将以外を全部取ったら勝ち、ってルールにしたらいいじゃない」
僕は一瞬納得しかけたが、そうじゃない、と首を振ってから、
「なんで、歩は王になっちゃ駄目なんだ?最初は知樹もそうしようとしてたのに」
「うーん、やっぱり、歩はあそこにいないと困るから」
知樹はそれから、歩が香車の前にいないと、まず香車で僕の側の歩を取っても、
すぐに僕の側の香車で知樹の香車を取られてしまうから、という説明をした。僕はとりあえず、なるほど、と頷いておいた。
「それじゃあ、そっちの側の玉将もどけて、全部の駒を取った方が勝ちってルールでやろう」
「うーん、分かった」
僕は知樹のアイディアに従い、王将のいない将棋をやった。いつもより、勝負がつくまで時間が掛かった。
終わる頃には、僕たちは王将の存在を忘れかけていた。
《了》




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